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「な、なにする……!?」

「怪我は?」

「え?」

 至極面倒そうに、駿介はそう聞いてくる。
 とりあえず、手を動かしてみて痛みがないことが判り、ないです、と素直に答えれば、深く深くため息を吐かれた。

「この踏み台は、壊れてるから使用禁止って書いてあっただろ?」

「か、書いてなかったですよ!?」

 少なくとも、千真の目には止まらなかった。
 大体、そんな重要なことは、誰の目にも止まるようにしておくべきだろう、と誰にでもなく文句を言いたくなる。しかもそのせいで、千真が駿介に怒られるなんて、理不尽すぎる。

 そこで、やたら駿介との距離が近いことにようやく気づき、千真が離れようとしたところ、なにを思ったのか、駿介は千真の腹に回した左手を撫で回すように動かし始めた。

「せ、セクハラです!」

「それは、相手が嫌がってる場合に適用されるんじゃねぇか?」

「だから、その相手が嫌がってるんですよっ」

「そうでもねぇだろ?」

「ひゃ……っ!?」

 うなじに息がかかり、ぞくりと身を竦ませれば、駿介の唇がそこへ押しつけられ、強く吸われたのが判った。千真は、きつく目を閉じ、唇を噛む。
 その間も駿介の手は、やわやわと千真の腹を撫でていた。

「……っ」

 駿介が千真を抱き込むように手を回してきて、きゅう、とお腹の奥まで締めつけられる感覚がする。
 なにが嫌って、駿介の言ったとおり、そこまで嫌がっていない自分が、一番嫌だ。

 しばらくして、ようやくうなじから駿介の唇が離れたかと思えば、ぺろりとそこを舐められて、慌てて手で押さえた。一体なにをしてくれたのか、お腹の奥が疼いて苦しい。
 苦情を言おうと振り向けば、駿介は千真の腹を手で支えて床に座らせ、辺りに散らばったファイルを元の棚に片づけていく。

「もう18時だ。とっとと帰れよ」

「……はい?」

 じゃあな、と言い残して、駿介は何事もなかったかのように、倉庫をあとにした。その手にはしっかりと、開設時の予算ファイルが握られている。
 残された千真は、呆然とそれを見送ったあとで、怒りがフツフツと沸いてくるのを感じ。

「〰〰バカーっ!!」

 ドアに向かって力いっぱい叫べば、同じ階でまだ仕事中であっただろう開発部の人たちに、うるさい、とめちゃくちゃ怒られた。
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