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 経理部のオフィスがざわついたのは、ちょうど昼休憩のチャイムが鳴ったころだった。相変わらずうなじを気にしながら、いつもよりのろのろと仕事をしていた千真は、鞄からお弁当を取り出してデスクの上に広げていた。

「駿介」

「遅くなって悪かったな」

 心配そうな旭の声をよそに、ぶっきらぼうに返したその人の姿に、思わず唾を飲み込んだ。昨日まではなかったギプスが、駿介の右腕を覆っている。痛々しい姿に、みんな食事を中断して釘付けだ。

「折れてた。利き腕だから仕事がしづらいけど、まぁ、なんとかなるだろ」

「そりゃ、多少はフォローするけど。それにしても、駿介にしてはドジったな。倉庫で転ぶなんて」

(――え?)

 思わず、ばっと旭のほうを振り向く程度には、千真にとってその言葉は衝撃だった。うそ、と口から声が漏れて、慌てて手で塞ぎ、視線を旭から駿介に移す。
 昨日、倉庫で転んだのは千真で、駿介はそれを助けてくれたのだ。だとするならば、駿介の怪我は、千真を助けたからということにならないだろうか。

 千真はお弁当に蓋をして、席を立つとトイレに走った。慌てて個室に飛び込むと、スマホのメッセージアプリを起動させ、メッセージを送る。

『私のせいですか?』

 それだけ送れば伝わると思ったが、思いのほか早く返ってきた返事は、当然の如く素っ気ないものだった。

『なにが?』

 なにがってなによ、とムッとするが、いくら千真のせいだとしても、駿介が果たして、それを素直に千真のせいにするかは判らない。
 駿介が千真に気をつかうとも思えないが、もしそうだとしたら、千真だって無視するわけにはいかない。

『ギプス、私のせいですよね? 手伝えることがあれば手伝いますから、なんでも言ってください』

 さすがに、あんな怪我をしてまで千真を助けてくれた人を、放っておけるわけがない。駿介はなにも言ってこないかもしれないが、せめて食事の準備くらいはしてあげたい。たとえコンビニ弁当だとしても、片手で買い物をするのは不便だろうから。
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