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「ん……、駿介さん、ちょっと、ま……」

「うるせぇな。黙れよ、もう」

 タクシーを降りてからずっと、駿介はこの調子で千真に喋る隙さえ与えてくれない。

 千真は、とりあえず明日の着替えだけを持って、アパートを出てきた。タクシーの中ではほぼ無言に近く、当たり障りのない会話しかなかったのに、駿介の住むマンションの下に着いてからは、とうとう限界に達したのか、エレベーターの中でもずっとキスを離してくれない。
 一度、服の中に手を入れてこようとしたのはさすがに止めたのだが、キスはやめてくれなかった。

 もどかしそうに家の鍵を開けた駿介は、左手1本で千真を抱え上げ、奥の部屋へと連れて行く。
 パタン、とドアの閉まる音がしたときには、やっぱり少し怖くなって、駿介の肩に置いていた手が震えてしまった。

 ベッドに降ろされてようやく唇が離されたとき、肩に置いていた手を取られ、口元に持っていかれた。

「いやがるな。怖くしねぇから」

 手のひらにキスをされ、どくんと胸が跳ねる。
 いやがっているわけでも、怖いわけでもない。ただ未知の世界のことなので、どうすればいいのか判らないだけで。

 お腹の辺りに、ひんやりとした駿介の手が触れたので、慌ててその手を掴んだ。

「待ってください。せめて、お風呂に……」

「あとで一緒に入ればいいだろ」

 一緒に!? ギョッとした千真を気にすることなく、駿介は千真の服を一気に脱がす。急に外気に触れたのが心許なくて、思わず胸元にやった腕にも、唇が寄せられる。

「隠すな」

「む、無理です」

 電気は点いていないとはいえ、月明かりで相手の顔さえしっかり見えるこの状況で、恥ずかしくないわけがない。

 胸の前で交差した右手を取られ、その手首にも唇を寄せられて――、駿介の顔色が、変わった。

「おい」

「……え?」

 低い声に、ハッとする。
 部屋の薄暗さで見えないと思っていたのに、月明かりはそれを隠してくれない。

「なんだ、これ」

「え、っと……」

 どうしよう。言い訳が出てこない。なんて言えばいいのか悩んでいると、突然、部屋が明るくなった。

「駿介。俺がいるの、忘れてないよね?」

「忘れてねーよ」

 呆れ返ったような旭が、部屋の入り口に凭れていた。
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