@love.com
「爪切れだってー」
「それってもう、セクハラじゃんねー」
千真は完全に、出るタイミングを見失ってしまった。
「爪とか、きれいにしてなんぼじゃん」
「そうそう。ときには凶器にもなるしねー」
「あたしこの間、彼氏の背中に思いっきり傷つけちゃったー」
きゃはは、と騒ぐ声には、聞き覚えがある。開発部の丸野冴子と営業部の柳原友美、千真にミミズバレを作ってくれたふたりである。
「っていうか、いきなり爪切れってさー、まさか、賀永がなんか言ったのかなー?」
「えー、でももしチクられてたら、直にうちらのとこに来そうじゃね?」
「ま、それもそっかー」
「でも、来たら来たで、ラッキーじゃん? 大神部長か大狼さんとふたりきりになれるかもでしょ」
「えー、どうしよー。あたし、妊娠するかもー」
「あたしもー」
大声で話している自覚があるのかないのか、とうに休憩時間は過ぎている。早く仕事に戻らないといけないのに、どうしても足が竦んで動かない。
あの日――。駿介に付き添って病院に行った次の日、冴子と友美にトイレに呼び出された千真は、そこでふたりから報復という名の制裁を受けた。要は、八つ当たりである。
就業のチャイムが鳴るまで、罵声と共に両腕を搔きむしられ、とりあえずはそれで落ち着いたのか、それ以降はなにもない。
けれどふたりが目の前にいるだけで、身体が拒絶反応を訴えているのが判った。
今もそうだ。個室に入っている間にふたりがやって来て、出れなくなってしまった。
身体が強張って、身動きが取れなくなる。
「ってゆうかさー、賀永、昨日も大狼さんに付き添ってたらしいよー」
「マジでー? 今度はお腹とかやっちゃう?」
「いいねー。あいつ、全然判ってないみたいだしー」
千真は両手で自分を抱き締めて、前屈みに身体を縮めた。
やっぱり、付き添いは断るべきだった、と今さら後悔する。駿介に怪我をさせたのは事実だし、付き添うのは仕方ないという思いもあったが、そういう問題ではなくなってきた。
「あーあ。経理部に異動したーい」
「あたしもー。でも開発はさー、まだ針谷くんとかいるじゃん? こっちは全然ー」
「でも針谷くんはさー、ただ若いだけだしー。もっと目に潤いが欲しいのよねー」
「わかるー」
きゃぴきゃぴした耳障りなふたりの声が遠くなり、少しだけ気持ちが落ち着いてきた千真のスマホが、メッセージの受信を知らせてくれる。
おそるおそるメッセージを見た千真は、目の前が闇に覆われた気がした。
『16時に、トイレに出てこれる?』
「それってもう、セクハラじゃんねー」
千真は完全に、出るタイミングを見失ってしまった。
「爪とか、きれいにしてなんぼじゃん」
「そうそう。ときには凶器にもなるしねー」
「あたしこの間、彼氏の背中に思いっきり傷つけちゃったー」
きゃはは、と騒ぐ声には、聞き覚えがある。開発部の丸野冴子と営業部の柳原友美、千真にミミズバレを作ってくれたふたりである。
「っていうか、いきなり爪切れってさー、まさか、賀永がなんか言ったのかなー?」
「えー、でももしチクられてたら、直にうちらのとこに来そうじゃね?」
「ま、それもそっかー」
「でも、来たら来たで、ラッキーじゃん? 大神部長か大狼さんとふたりきりになれるかもでしょ」
「えー、どうしよー。あたし、妊娠するかもー」
「あたしもー」
大声で話している自覚があるのかないのか、とうに休憩時間は過ぎている。早く仕事に戻らないといけないのに、どうしても足が竦んで動かない。
あの日――。駿介に付き添って病院に行った次の日、冴子と友美にトイレに呼び出された千真は、そこでふたりから報復という名の制裁を受けた。要は、八つ当たりである。
就業のチャイムが鳴るまで、罵声と共に両腕を搔きむしられ、とりあえずはそれで落ち着いたのか、それ以降はなにもない。
けれどふたりが目の前にいるだけで、身体が拒絶反応を訴えているのが判った。
今もそうだ。個室に入っている間にふたりがやって来て、出れなくなってしまった。
身体が強張って、身動きが取れなくなる。
「ってゆうかさー、賀永、昨日も大狼さんに付き添ってたらしいよー」
「マジでー? 今度はお腹とかやっちゃう?」
「いいねー。あいつ、全然判ってないみたいだしー」
千真は両手で自分を抱き締めて、前屈みに身体を縮めた。
やっぱり、付き添いは断るべきだった、と今さら後悔する。駿介に怪我をさせたのは事実だし、付き添うのは仕方ないという思いもあったが、そういう問題ではなくなってきた。
「あーあ。経理部に異動したーい」
「あたしもー。でも開発はさー、まだ針谷くんとかいるじゃん? こっちは全然ー」
「でも針谷くんはさー、ただ若いだけだしー。もっと目に潤いが欲しいのよねー」
「わかるー」
きゃぴきゃぴした耳障りなふたりの声が遠くなり、少しだけ気持ちが落ち着いてきた千真のスマホが、メッセージの受信を知らせてくれる。
おそるおそるメッセージを見た千真は、目の前が闇に覆われた気がした。
『16時に、トイレに出てこれる?』