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「おい、飯は?」

「……」

 千真は、つーん、と目を逸らしたまま、駿介のほうを見ない。
 旭から粗方の事情を聞かされた千真は、旭の出社後、家に戻ろうとしたのだが、当然、駿介がそれをさせるはずもない。いまだ、千真は駿介と旭の住むマンションに囚われたままになっていた。

「おい」

 駿介は苛立ちを隠そうともせず、大股で千真に近づくと、ダイニングチェアに座った千真の顎を持って上を向かせる。

「聞いてることに答えろ。なにか食うか?」

「いりません。放っておいてもらえませんか?」

「ちっ」

 苦虫を噛み潰したように顔を歪め、駿介は、勝手にしろ、と言い捨てると、部屋にこもってしまった。
 だって、千真の心情くらい、察してほしい。昨夜の記憶がおぼろげながらある状態で、どんな顔をして駿介に会えばいいのだろう、とドキドキしながらドアを開けた瞬間、好きじゃない、と聞かされたときの、あの虚無感。勝手に好かれていると勘違いして、バカみたいじゃないか。
 それに、あんな……。

 千真は、ひとり残されたリビングで、カッと赤面する。目が覚めたとき、身体に残った駿介の匂いに、お腹の奥が熱くなった。
 男の人とそういうことをしたのは初めてだったけれど、嬉しくて切なくて、なんとも面映ゆい気持ちでいっぱいで、でもそれが、なんだか胸が温かくなって、幸せな気分になれたのに。

 それなのに、あんまりじゃないだろうか。好きじゃないなら、構わないでほしかった。駿介はそうじゃなかったとしても、千真にとっては初めてのことだったのに。
 処女を返してくれ、と叫びたい気持ちでいっぱいで、千真はああやって怒ることしかできないのも残念だった。
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