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「そういや、おまえ、あのアパートは解約したほうがいいぞ」

「え? どうしてですか?」

 ひんやりとした駿介の手が肌に触れ、少しだけ身じろぐ。駿介は一度口を開こうとしてやめたが、千真が首を傾げたので、観念したように言った。

「壁の穴が増えてた。ありゃ、常習だな」

「……本当ですか?」

 ゾッとして、血の気がなくなる。
 今まで気にしたことさえなかったが、そう言われると、途端に普段からやたらと視線を感じていたかもしれないと思えてくるから怖い。
 それにそんなことを考え出したら、もうあの部屋には帰れない。

「見せるなら、俺だけにしとけ」

 ちゅ、と触れる唇が、ほんの少しだけヤキモチを妬いているように感じた。

「見られたく、ないですか?」

「当たり前だ」

 ああ、もう。そんなこと、どうして軽々と言ってくれるのだろう。
 『好き』なんて言葉が些細なことのように思えてくる。確かに駿介は、言葉は少なかったかもしれないが、ずっと態度で示してくれていた。
 あの意地悪も、愛情の裏返しだと思えば、なんだかかわいく思えてきて。

「駿介さん、私」

 すんなりと、言葉が溢れてきた。

「駿介さんが、好きです」

「……」

 一瞬、身体を固めたあと、駿介はふっと表情を緩めて、素早く口づけた。

「俺の人生、おまえにくれてやる。だからおまえの人生も、俺に預けろ」

「……はい」

 もう一度、今度は決意のようなキスが落ちてくる。
 駿介さん、それはプロポーズみたいですよ、と言うのはやめた。

 ついこの間まで、旭に好意を寄せていたはずだったのに、おかしなものだと思う。駿介なんて、どちらかと言えば苦手な分類の人だったのに。
 触れる手が温かいと気づいたのは、いつだっただろう。思えば最初から、羞恥はあったけれど、恐怖なんてものはなかった気がする。

 服を脱がされそうになって、慌てて拒否すれば、今さら? と笑われる。今さらだろうとなんだろうと、恥ずかしいものは恥ずかしいし、それ以前に傷だらけの身体を見られるのは抵抗がある。
 でも肌と肌で触れ合いたい気持ちも判るし、千真は観念して駿介の行動に身を委ねた。
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