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「爪?」

「そう。最初はそれで呼び出したみたいだぜ」

 オーキッドのリフレッシュルーム。千真は圭樹に買ってもらったカフェオレを飲みながら、圭樹の話を聞いていた。

 千真は有給を10日ほど消化したあと、勇気を出して出社した。旭に説得されたというより、アパートのこともあってお金が必要だと現実問題に直面したからだ。
 アパートはすぐに解約して、今は駿介のところにお世話になっている。けれど旭もいるし、できればお金の工面ができ次第、すぐに出ていくつもりだ。

「前日に、爪を短く切ってこいって部長から話があったのに、あのふたりだけは長い爪のまま出社してて、表向きは注意のために呼び出したんだって」

 呼び出された会議室には、社長を始め各部の部長が勢揃いしていて、まぁそこでいろいろあったらしい。

「最初はぎゃんぎゃんわめいて大変だったらしいぜ。横暴だのセクハラだの」

 あのふたりから、そのときの様子は安易に想像できる。決して自分たちに非はないと言って聞かなかったに違いない。
 そんな状態に、鶴の一声を入れたのが風吹だったようだ。部長たちの影に隠れて部屋の隅にいた風吹は、らちが明かないと思ったのか、見てもいない光景をあたかも見ていたように口にしたらしい。瞬時に真っ青になったふたりに畳みかけるように詰め寄り、結局自白までさせたのだとか。

「……悪かったな、助けにいけなくて」

 風吹の行動に感動していると、暗い謝罪の声が聞こえてきて、慌てて千真は首を横に振った。

「そんなの、針谷くんが悪いわけじゃないもん。それに女子トイレに入るとか、まず無理でしょ」

「まぁ、そこは。実を言うと、かなり悩んだんだけど」

 女子トイレに踏み込んで、万が一何事もなければ、ただの変態だ。そこまでのリスクを冒す度胸は、残念ながら圭樹にはなかった。
 そのとき、館内放送が流れてきた。

『経理部、賀永千真。至急、社長室まで来るように』

「……」
「……」

 社長室なんて、今まで微塵も縁のなかった場所である。
 間違いなく、今回のことだよな、と肩を落とした千真に、がんばれよ、と圭樹はエールを送ってくれた。
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