幸せのつかみ方
「千夏」
裕太が静かに私の名を呼んだ。
裕太を見つめると、彼は私に向かってまっすぐ体を向け、深々と頭を下げた。
「那奈とのこと、本当に申し訳なかったと思ってる。ごめん」

私は裕太の頭を見下ろしながら小さく溜息をついた。
「もう、何度も謝られたから。
許すとか許さないとかそういう気持ちはないの。だから謝ってほしいとも思わない。
ね、頭を上げて」

そう言うと、裕太はゆっくりと頭を上げた。

「千夏はさ、まだ、心の中、真っ黒だって思うのか?」
「え?」
裕太に視線を上げた。

「前に言ってただろう?」
「覚えてたんだ」

私が家を出た後、離婚の話が進まず、裕太と二人で話し合ったことがあった。
その時のことを裕太は言っていた。
両手で持ったマグカップの中で揺れるコーヒーを見つめながら深呼吸をした。

「そりゃあな。
妻に『嫉妬や恨みとか憎悪でいっぱいの真っ黒な心のままでもういたくないから別れてくれ』って泣きながら言われたんだ。
覚えてるに決まってるだろう」

裕太は両手でマグカップを包み込むように持ち、それを見つめていた。
きっと裕太も私と同じようにあの日を思い出しているのだろう。

そんなことを考えていると、裕太が
「なあ、千夏」
と声を掛けた。


「やっぱり俺たちやり直さないか?」
「は?」
話の流れと全く関係ないところから飛んできた裕太の発言に、眉間に皺が寄る。
私が受け入れるわけがないことぐらい分かりそうなものなのに。

「どうしてそんなこと簡単に言えるの?」
「簡単なわけないだろ。千夏に言われてずっと考えてたよ」

裕太は立ち上がり、サイドボードの引き出しから封筒を持ってきた。

渡されたそれは、出て行く時に私が渡したのし袋だった。
中に、私が書いた手紙が入っていた。



「読んで」
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