幸せのつかみ方
優しさに触れる
どの位の間泣いていたのだろう。
頭がぼーっとするし、目も重たいし、ひりひりする。
近くにある横長のベンチに仰向けに寝そべった。
都会の星空は真っ暗でほんの僅かな星しか見つけることができない。
星が見たかったのになと少し悲しくなった。そんな夜空に飛行機が赤いランプを瞬かせながら飛んでいた。
「あ。飛行機・・・」
じっと飛行機が飛んでいくのをベンチに寝転がったまま見つめていた。
突然。
目の前に顔が現れた。
「!?」
それは、立ったまま私を見下ろす樹さんだった。
「何してるんですか?」
「す、すみません」
慌てて体を起こし、ベンチに座りなおす。
施錠されているはずの屋上に忍び込んでいるのだ。
注意されるのだと、首をすぼめた。
「いくら残暑厳しいと言っても、夜は冷える。こんなところで眠っては風邪をひくよ」
樹さんが着ていたスーツのジャケットを脱ぎ、私の背中に掛けた。
「あ。大丈夫です」
とかけられたジャケットを脱ごうと手を掛けると、大きな手で私の手を包み込んだ。
「私は先程まで院内にいたので寒くありません。それより、千夏さんの手はこんなに冷たい」
頬を手の甲で触られてびくっとしてしまう。
「失礼。冷たかったのでつい」
と手を放してくれた。
「ご主人が事故をなさったと聞きました。大丈夫ですか?」
「ええ。おかげさまで無事に手術も終わって目が覚めるのを待っているところです」
「それはよかった。とはいえ、大変でしたね」
「・・・ええ」
まっすぐに私の目を見つめてくる樹さんに、くっきりと残っているであろう涙の跡を見られていると感じた。
指先で目元を擦っていると、樹さんが思い出したように、
「あ。そうだ。肉まん食べませんか?」
と言って、持っていたコンビニのビニル袋から肉まんを1つ取り出した。
「え?肉まん?」
驚くと、室長は嬉しそうに
「コンビニに行ったらもう肉まんだ出てたんですよ。
気が早いなあとは思ったんですけど、つい食べたくなってしまって」
と笑った。
「熱いという程ではないが、まだほんのり温かいですよ。どうぞ」
樹さんは私の隣に座り、肉まんをくれようとした。
「いえ!樹さんが食べたかったんですよね?私は結構ですから」
「俺はまた買ってくるから」
「いやいや、だめですよ」
「ふっ」
少し顔を緩めた樹さんが、
「では、こうしよう」
と肉まんを手で半分にちぎった。
「はんぶんこ」
と言って私に大きい方を差し出した。
「ふふっ。ありがとうございます」
私は笑って差し出されてない方の、小さい肉まんを受け取った。。
「いただきます」
「どうぞ」
ぱく。
「おいしい。…あったかくておいしいです」
一緒に肉まんを食べた
ふふふ。
なんだかおかしくて小さな声を出して笑ってしまった。
笑った瞳から、涙が落ちた。
久しぶりに食べた肉まんは温かくて温かくて。
樹さんの心配りは優しくて。私は食べながら泣いてしまった。
樹さんは何も言わずに、気付かない振りをして、隣で肉まんを食べていた。
ことん。
一つのベンチに座っている私たちの間に、
暖かいココアとコーヒーが置かれた。
「どちらがいいですか?」
と聞かれ、ココアを選んだ。
『疲れた時、暖かいコーヒーもいいですが、ココアの甘さも落ち着きますよ』
いつだったか、樹さんがそう言ってたなと思い出す。
一つしかない肉まんと2個のドリンク。
私のために買ってきてくれたのだろうと気づき、心から
「ありがとうございます」
とお礼を言った。
それからしばらく、黙って夜空を見上げていた。