幸せのつかみ方
急に意識してしまった自分を少し恥ずかしい。
樹さんはイタリアンが食べたくなっても一人では行きにくいと思ったのか?
あるいはそんな私のためを思ってくれたのか?
どちらにしても、私を異性と意識しているとは思えない。
それなのに一人で勝手に誘われたと意識してしまった自分を恥ずかしく思った。
そんな動揺を悟られないように、明るく、残念そうな顔をして見せた。
「あー、残念!ものすごく、カルパッチョは食べたいんですけど、今日は息子と約束があるんです。
せっかく誘っていただいたのにすみません」
「そうでしたか。また今度・・・ですね」
「はい」
樹さんは少し悲しそうに見えた。
あれ?どうして樹さんはこの間の綺麗な方と一緒に行かないのだろうか?
「あの・・・レストランでお見かけした方と行かれてはどうですか?」
「レストラン・・・?」
樹さんはきょとんとした顔をして、小首を傾げた。
「彼女さん・・・ですよね?」
「え?あ!違う違う!あの人はただの知り合いです!」
樹さんは両手をぶんぶんと動かして、慌てて否定した。
恥ずかしがっているような表情と、その身振りがかわいらしくて、つい笑ってしまった。
「ふふふ。大丈夫ですよ。誰にも言いませんから」
と言うと、
「本当に違うんです!
あのレストランのオーナーが前の会社の取引先の社長なんですよ。
それでお祝いがてら、前の会社の人たちと食事に行ったんです。
一緒にいたのは入り口で一緒になった後輩社員です。
それに、今はお付き合いしている人はいません!」
と、ものすごく早口で否定する樹さんだった。
慌てふためく樹さんが可愛いらしくて、また笑ってしまう。
いつも落ち着いて、爽やかな彼の意外な一面を見てしまった。
「・・・千夏さんは?」
樹さんはまっすぐに私の目を見つめてくる。
その表情は真剣だった。
私はなんのことを問われているのかわからず、戸惑ってしまった。
「私、ですか?」
と聞いた私に、樹さんはこくんと頷いた。
「千夏さんは、今お付き合いされてる方とかいらっしゃるんですか?」
・・・・・。
!?
「私ですか!?いるわけないじゃないですか!!」
予想外の質問が飛んできて、あからさまに動揺してしまう。
「あの人は?」
「あの人って・・・」
ピピピピピピピピ。
スマホのタイマーが鳴って、二人の会話を遮る。
あと少しで昼休憩が終わる時刻にセットしておいたタイマーを止める。
スマホをポケットに戻して、樹さんを見る。
樹さんと目が合う。
「レストランで一緒に食事をしていた人を指しているのなら、それは・・・」
樹さんはじっと私を見ていて、私はその目から視線を逸らした。
「別れた夫です」
樹さんと目を合わさないまま、ベンチにあるごみと荷物を持って立ち上がる。
「もう行かなくちゃ。お話の途中ですみません。それでは、失礼します」
お辞儀して早歩きで医務課に向かった。
私に付き合っている人なんているわけない。
もう結婚も恋愛もこりごり!
なんでこんな話になったのか。
ああ、自分からレストランの時に見た女性の話をしたからだ。
自分の発言に後悔する。
そんなことを考えていた私の背中を、樹さんが嬉しそうに見送っていたことに、私は気が付かなかった。