幸せのつかみ方

「で、実際のところ、誰かいないの?」
景子が横目で私を見た。

「え?」
一瞬、ビールを口に運ぶ手が止まり、私は樹さんの顔が浮かんだ。

「あ!今の間!誰かいるんでしょ?」
「誰よ誰?」
二人が身を乗り出して聞いてくる。

「いやいやいやいや。そんなんじゃなくて」
ごまかす私をにやにやしながら見つめてくる。

長年の付き合いだ。動揺は確実にバレている。
私は諦めて、頭に浮かんでしまった樹さんについて口を割った。


「よく話をする人が職場にいてね。こう・・・たまたま、たまたまね。
たまたま昼休みによく屋上庭園で会う人がいて、その人が浮かんだだけ」

「きゃー。この子、たまたま何回言うんだろうね」
「気になっちゃってるんだね?」

私の否定はまったく受け入れてもらえず、二人ともが手を取り合って目を輝かせている。
中学生かと突っ込みを入れたくなるほど、うきうきする二人にどんな人かと追求される。


「その人、素敵な人なんだよ。
誰に対しても親切で、優しい人」

「お医者さん?」
「ううん。経営側の人。
うちの病院、系列病院もあるし。在宅やデイケア施設とかにも力入れてるんだけどね。
そういうのひっくるめてデータをもとに経営管理してる・・・のかな。
具体的には部署が違うからよくわかんないんだけど、事務長が言うには仕事もなんかすごくできるみたい」

景子と紗良はうんうんと頷いている。

「人によって態度を変えたりしないし、区別も差別もないし。
困ってる人がいたら迷うことなく助けてあげるし、泣いている人がいたらそっとハンカチを貸してくれるような人。
あとは・・・知らないことは教えてって誰に対しても言うような人。
あ、めったに怒らないけど、怒ると無茶苦茶恐いらしい」

「ふーん」

二人が無言で私を見つめてくる。
「?」
と小首を傾げると、
「たまたま会うくらいなのによく知ってるね」
とにやりとされた。

「違っ!みんなが噂するんだよ。顔良くて、性格良くて、仕事ができて、院長の息子。みんながほっとかないよ」
「え?病院長の息子?御坊ちゃまじゃん」

驚く二人に冷静になることを心掛けて、
「そ。そんな人が年上のバツイチを相手にするわけないんだよ」
と言った。
自分で言っておいて、少し悲しい気分になってしまった。

樹さんに相手にされないことが悲しいのではなく、もう誰にも愛されることはないのだと言う現実を感じ取ってしまったからだ。


直幸が言うことは間違っていない。
そうわかるから・・・胸が少し痛くなってしまった。

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