幸せのつかみ方
   ※※※

「申し訳ありません」
樹さんに深々と頭を下げた。

部屋の真ん中に、直幸と隣に私が立った。
目の前には靴を脱いで手に持っている樹さんが立っている。


「僕の方こそ、すみません。まさか息子さんだとは思わず」

「大体、直幸が突然来てるからこうなっちゃうんでしょ?」
顔だけ横にいる直幸に向けて文句を言う。

「は?母さんが電話に出ないから心配してきたんだろ?」
「え?」
肩に掛けたままの鞄からスマホを出す。

「うわっ。ごめん、気が付かなかったわ」
そこには10件近い着信と未読のLINEがたくさん入っていた。

「心配してきたら真っ暗だし。電気付けたら、これだ。で。この人、誰?」
「こら!言い方!失礼でしょ」
「はあ。どーなーた?」
わざと溜息をついて言い直した。

「職場の方よ」
というと、靴を手に持ったままの樹さんが、
「朝蔵樹です。申し訳ない。まさか千夏さんの息子さんだとは思わず、手荒なことをしてすまなかった」
とスーツの内ポケットから名刺を出した。

名刺を受け取り、ぴくっと眉を動かした直幸は、
「それは、母を守ってのことだから、別に気にしていません。
むしろ、ありがとうございました」
とお辞儀をペコっとして、すぐに顔を上げ、樹さんを睨み上げた。

お礼を言っている顔とは真逆の表情をしている。
「それで。浅蔵さんはどうして母の家にいるんですか?」

え?
突然何言いだすの?
あ。
直幸が樹さんと私の関係を誤解している表情だと分かった。


「違うから!食事に行って送っていただいただけだから」
慌てて直幸に否定する。

「へえ~、食事ぃ?月曜日から?」
直幸は樹さんから睨み続けたままだ。

「本当にただの食事ですか?」
「こら、直幸、いい大人がやめなさい。樹さんに失礼でしょ」
「樹さん?」
直幸は視線を私に移す。


「『千夏さん』に『樹さん』?
母さんの職場じゃ、ただの同僚を名前で呼ぶんだ?」
「『あさくら』だらけだから分かりにくいのよ。それだけ」
「・・・本当?」
じっと見つめてくる直幸に、本当だと頷く。

直幸は頭をポリポリとかいて、表情を緩めた。そして、樹さんに姿勢を戻し、
「すみませんでした」
と深々と頭を下げた。
「重ね重ねすみません」
と私も頭を下げた。


「謝る必要はありませんよ。頭を上げてください。
それに痛い思いをさせたのは俺の方です。
直幸君、腕は大丈夫?」

直幸は腕をぐるぐる回して、
「はい、大丈夫です」
と言った。


「それじゃ、俺はこれで・・・」
と樹さんは玄関に玄関に行った。
「車まで送って来る。直幸は待ってて」

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