幸せのつかみ方
それは裕太が交通事故をしたとき。

屋上で那奈さんとスマホで話したんだ。
で、悲しくて泣いて、悔しくて泣いて、恨んで泣いて、怒って泣いて。
いろんな負の感情に体全部が飲み込まれた。

あの時、樹さんがくれたココアが甘くて。
半分こした肉まんが温かくて。

こわばっていた体と心から力が抜けた。


樹さんは食べながら泣いてる私の横に何も言わずに寄り添っていてくれた。



・・・・・。





もしかして・・・・。




いやいや。そんなことあるわけ・・・。




まさか。

まさか、あの時、樹さんは私のことが好きだったのだろうか?



いやいやいやいやいやいや。

さすがにそれはないでしょ?




♪~

「わっ!」
突然の着信音に驚く。

画面には【朝蔵樹さん】。

「はい、茅間です」
『千夏さん、今テレビ見てますか?』
「あ、今つけたところです。お散歩番組ですよね?」
『そうです』

「今回中華街のお散歩みたいですよ。樹さんも観てます?」
『観てます。肉まん、好きなんですよ』

「おいしいですよね。私も好きですよ。あ、見て、大きな肉まん。あれ、顔が隠れるくらいありそうですよ」
『うわあ、おいしそう』

二人で通話したまま同じ番組を見ている。
「あはははは」
『あはははは』
電話越しに一緒に笑う。

CMになった時、樹さんに
『ねえ千夏さん。この土日のどちらかで中華街行きませんか?』
と誘われた。

「遠くないですか?」
『久しぶりにドライブにも行きたいからちょうどいい距離ですよ。
ただ、一人で歩きながら肉まんを食べるのは恥ずかしくできない。
一緒にいろいろな肉まん、食べ歩きたいです』

「うーん」
『一人だと一つしか食べれそうにないですけど、二人なら半分こして3、4個食べれるんじゃないかな』

「うー」
『それに今度奢ってくれるんですよね?』

「う」
『肉まんは絶対、おいしいですよ。
しかも散歩も楽しそうでしたよ』

次々と出てくる誘い文句に笑いが込み上げてきた。

「あはは。めちゃくちゃ誘いますね」
『よし。笑いが出たってことはOKってことですよね』

「これはデートではなく、お散歩ってことでいいんですよね」
『違い、ありますか?』

「デートはできません」
『違います。散歩です』
食いぎみに否定してきた樹さんに再び笑ってしまう。
そして、申し訳なくなる。

「めんどくさい奴ですみません」
『大丈夫です。めんどくさくないです。
散歩行ってくれますよね?』

「はい。お散歩、ちょうど行ってみたかったんです」
『よかったー』


この後少し話して通話を切った。

樹さんは私の好きなことをよく知っている気がする。
こんなふうにいいタイミングでお散歩を提案してくるあたり、誘うのが上手いなと感心してしまう。
ただ、樹さんの電話の声は普段聞くよりも少しかすれていて、疲れているのかなと心配になった。
それがまた色っぽく聞こえたから困ってしまう。


樹さんの低い電話越しの声を思い出しながら、私は布団に入ったーーー直後。





がばっ!!!
布団を勢いよくめくりあげ、起き上がった。




明後日の土曜日。
私は樹さんと中華街にドライブしてお散歩するだけ。

久しぶりの遠出。
しかも興味のあったお散歩だ。

わくわくしている自分の感情。純粋にわくわくできるんだって思うと嬉しくなった。


それだけ!
樹さんを意識したんじゃない!


「もう恋愛はしないんだから」


布団をなおし、目を閉じた。
今度は樹さんのことは考えずに寝ようと思った。
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