幸せのつかみ方

消えない記憶と塗り替えられた想い出

   ※※※

「中華まんって言ってもいろいろなのがあるんですね」
車に乗った私はシートベルトを締めた。
…ヤバイ。
お腹が苦しい。どう考えても食べ過ぎだ。

結局5個の肉まん(中華まん?)を堪能した。

私はお腹いっぱいで、これ以上中華屋さんで食事をすることはできなかった。



「樹さん、ミントキャンディー食べる?」
「うん、食べる」
運転中の樹さんにミントキャンディーの包みを開けて渡す。
「はい」
「ありがとう」
と口に放り込む。
私も1つ口に入れた。
食べ過ぎたからミントの清涼感が嬉しいと話した。

「今日、楽しかったー」
と一日を振り返る。
「それは良かった。誘って良かったよ」

今日1日で完全に敬語がなくなってしまった。
これは私の中の『樹さんは職場の人』というイメージがなくなってしまったからかもしれない。


今日1日とても楽しかった。
沢山笑って、沢山話した。
樹さんの気配りにも驚いたし、女性扱いする行動にも慣れた。
おしゃべりも考えることなく、ポンポンと出てくる。

「私、肉まんを見ると、樹さんにいただいた肉まんを思い出すんです」
「屋上の?」
「覚えてるんですか?」
「ああ」

私の頭の中はあの日を思い出していた。
あの日を思い出すと、胸が苦しくなってしまう。


もう過ぎたこと。
もう離婚したし、今の私には無関係のこと。

でも。
それでも、私の心がその時の苦しさを覚えている。



「千夏さん?」
「え?」
心がとらわれている過去の感情に引きずられていたことに気が付く。

「大丈夫?」
「うん。大丈夫。
ごめんなさい、せっかく楽しかったのに、嫌なこと思い出しちゃった」

ごまかして笑う。
樹さんは横目でちらりと私を見るから、目が合ってしまった。

「あ、違う!樹さんがくれた肉まんは嫌じゃないんです!嬉しかったんです!本当に」

まるで樹さんとの屋上の想い出が嫌だったように聞こえてしまう。
焦って否定したが、分かってもらえるだろうか?

「大丈夫だよ」

「・・・すみません」


私は樹さんの誤解を解きたくて、あの時のことをぽつりぽつりと話した。


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