幸せのつかみ方
「あの時、いろいろあって。
ものすごく最悪な時で。
苦しくて。
あの時の屋上でも樹さんが来る前に、電話で人と話してて。
ものすごく嫌な気持ちでがんじがらめになってて。
そんなときに樹さんにいただいた肉まんが温かくて」
「・・・うん」

「救われたんですよね、なんか」
「・・・うん」

「分かりにくい説明ですみません」
「・・・ううん。何となく分かるよ」
車内の空気が重くなる。

せっかく楽しかったのにこんな話題は失敗だ!


「それで?」
樹さんが続きを促す。
どうしようと思ったけれど、重くなった空気を換えることができず、そのまま話し続けた。


「肉まんに救われたのに、肉まんを見るとあの時の苦しいのも少し思い出してしまって・・・正直言って複雑なアイテムだっです」
「あ・・・ごめん。そんな風に思ってるって知らなくて。今日誘ったの嫌だった?」
「ううん。今日は楽しかった、本当に。
それに」

「うん」
「今日、樹さんと食べ歩きして、肉まんの想い出がアップデートされました」

「上書き?」
「はい。肉まんを見たら今日を思い出す。
もう苦しかったことは思い出しません。
思い出しても、そのあとで必ず今日楽しかったことを思い出します。絶対」

樹さんににっこり笑うと、樹さんも微笑み返してくれた。

樹さんは左手を伸ばし、太腿の上にある私の手を握った。
ぎゅっと手を握りしめたまま、

「楽しい思い出まで消す必要はない。
でも、千夏さんを悲しませるような思い出は、全部楽しい思い出に塗り替えたいって思ってるよ」

その言葉に、私は胸が締め付けられる思いがした。

この人はどれだけ優しいのだろう。
優しすぎる。

樹さんの優しさに触れ、張り詰めていた心が甘やかされる。

歯を食いしばっても、目の前が滲んでくる。

やばい。泣いちゃう。
私はごまかす様に、顔を横に向け、窓の外に目をやった。

樹さんは握っていた手を動かし、指を絡める様にして繋ぎなおした。
もう一度ぎゅっと力を入れられる。

私はその手を握り返していた。

「ありがとう・・・」

必死に声を絞り出したら、涙も溢れてきた。
私は俯いて涙をぼたぼたと落としていた。

樹さんは何も言わなかった。
ただ繋いだ手の親指が、優しく私の指をなぞっていた。

樹さんの優しさに、また涙が溢れる。


「ふううっ・・・う・・・」

口許を片手で覆ったけれど、我慢できなくなって、声を漏らして泣いてしまった。


「大丈夫だよ。俺しかいないから」

そんなこと言われたら泣き止むことなんてできなくなってしまうよ。


どうしてこの人はこんなに優しいんだろう。
温かすぎて、苦しくなる。


ぼろぼろと泣き続ける私の手を、樹さんはずっと握り続けてくれた。
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