幸せのつかみ方
今。
夜の屋上にいるのは私だけだった。

何かあったときのために、所々にランプの形をした非常灯がオレンジ色の灯りをともしていた。


私はポケットから夫のスマホを取り出した。
電話を掛けるか否か・・・。


ディスプレイには
【那奈】
と記された電話番号。


夫が愛している那奈さん。
10年に1度だけ逢う約束をした、裕太の大切な人・・・。



彼女の存在を知ったのは17年前。

17年前の夜を思い出し、体が震えた。



長いこと悩んだ後、震える指で緑に光る通話ボタンをタップした。

コール音が鳴るが、彼女はなかなかでない。
あきらめて、発信を切った。




彼女が着信に出なかったことをほっとしている自分がいた。


裕太が事故にあったことや、裕太に逢いに来て欲しいと話そうと思っていたのに、那奈さんと話すことが恐かった。
裕太に会って欲しいと思う反面、会って欲しくないとも思う。
自分の中の相反する感情。




千夏はベンチに深く座ったまま、額に手を当て、深いため息をついた時だった。

裕太のスマホから着信音が鳴った。


どきり。
心臓が大きな音を立てた。

ディスプレイには
【那奈】
と表示されている。


これでもかという程心臓が大きな鼓動を打っている。
耳から心臓の音が聞こえる。


鳴っているスマホを握りしめた後、ふうっと息を一つ吐いて、通話ボタンをタップした。
「・・・」
耳にスマホを当てたが、声が出ない。

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