幸せのつかみ方
【樹 side】

「えええええ?どういうこと?樹、付き合ってるんじゃなかったの?」
姉は驚いて隣に立つ俺の服を引っ張った。

「はあ」
と俺はため息をつき、姉を見下ろした。

「まだ付き合ってない」
「えええええ?付き合ってないの?」

少しずつ千夏さんに近づいていたのにと悔しくなる。
千夏さんの持つ心の傷を癒そうとしていたのに。

「何?姉さん、本当に何の用だったわけ?」

「本当に樹たちを見に来ただけだったんだけど・・・樹、まだ付き合ってもないし」
「あの手の早いスケベ太郎が付き合ってもいないなんて」
「まあ、ここで働くようになってから全く女の子にダラしがない話を聞かなくなったけど・・・」

イラつく俺の横で一人ぶつぶつ言ってやがる。
こんな噂話好きな姉と話していられるかと、もう1つ溜息をついて、まだ手を付けていない昼食が入った紙袋を持った。

「もしかして、千夏さんのせい?」
いきなり千夏さんの責任を問われ、
「なんの話だよ?」
と尋ねた。

「女遊びしなくなったのは彼女のせい?」

答えるかどうか少し悩んだ。
けれど、将来千夏さんと結婚したいと思っているなら、姉にきちんと答えた方がいいだろうと思い、姉に姿勢を向けた。


「そうだよ。彼女に会って不真面目な付き合いはやめた」
「それって・・・ここに転職してきたあたりよね?」
「ああ」

「それにしても悠長なことしているじゃない?」
「言う気なかったんだよ」

「なんで?」
「・・・俺の片想いだったから」

「・・・片想いだから言うんだと思うけど?」
「彼女が離婚したのは去年だから」

「・・・ああー----」
姉は納得したように深い「ああ」を呟いた。

「バツイチか」
「バツって言わないでくれる?」

「私と同じなんだー」
「一緒にしないでくれる?」

「はんっ!同じよ。とはいえ、離婚した女心は樹が思ってるよりずっとずっと複雑よ」
姉はっきまで千夏さんが座っていた場所に腰を下ろし、足を組んだ。

「ああ。そうみたいだ」
俺も隣に座る。
離婚経験のある姉に恋愛の相談をするのは初めてだった。
相談をしたくはなかったが、俺の片想いが知られたのだからかっこつけても仕方ない。
それより、千夏さんの心を癒すヒントが欲しいと思った。

「歳、いくつ?」
「姉さんの一つ下」
「ま、ほぼ一緒ね」

「俺、一度断られてるんだよ」
「樹をフるとか、いいわね茅間さん。めちゃくちゃ好きかも」
嬉しそうににやついたことには触れないでおこう。

「なあ、どうしたらうまくいくと思う?」
「そんなの、自分で考えなさいよ」
「そうだけどさ」
上手くいかないんだよとは言わない代わりに眉を下げた。


姉は遠くの空を見つめた。

そして、ゆっくり、
「・・・無理やりじゃなくて」
姉は小さな声で話し始めた。

「そばに一緒にいてくれて、笑ったり、喜んだり、怒ったり、泣いたり、楽しんだり。
ゆっくり傷が癒えるのを隣で一緒にいて欲しい・・・かな」
「・・・」

「まあ、樹のスペック考えたら、断るよねー」
声のトーンを明るく変えた。

「どうしてだよ?」
「医者の息子。高身長。私に似て顔もいい。仕事もできて、お金もある。
離婚したあとなら、恐くてそんなハイスペックと付き合えないわよ」

「そうなの?」
「そうなの」

返事に困って姉を見ていたら、
「どっちみち、覚悟決めなさいよ。
茅間さんと付き合うってことは結婚ってことだと思いなさいよ」
と言われた。

そのあと、告白するならプロポーズだと思えとか、離婚した女心を甘くみんなよと言った姉は、最後に一言。
「まあ、頑張んなさい」
と帰って行った。




離婚経験者である姉の言葉は重い。
姉もきっと心に傷を負ったのだろう。



そして、千夏さんに無性に会いたくなった。



【樹 side 終】
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