ヴィーナシアンの花嫁 ~シンギュラリティが紡ぐ悠久の神話~
4-3.未来からの神託
二日ほどして、赤ちゃんも安定したので、由香ちゃんの歓迎会を開く事にした。
でも、俺も由香ちゃんも血液を提供する関係上、お酒は飲めない。
ちょっと残念。
せめて食事は美味しい物にしたいので、ふぐ料理屋を選んだ。
小ぶりのお座敷にみんながそろったのを確認し、乾杯である。
「Hey Guys! Yuka-chan officially join us! (由香ちゃんが入社する事になりました!)」
「カンパーイ!」「Cheers!」「カンパーイ!」「Cheers!」「Cheers!」「Cheers!」
俺はジンジャーエールで、由香ちゃんのグラスにカチンと合わせる。
「これからよろしくね、期待してるよ!」
「お役に立てるかドキドキなんです……。でも、頑張ります!」
いい笑顔だ。
美奈ちゃんが、ビールのジョッキをぶつけながら言う。
「せんぱーい、もう逃げられませんよ!」
「大丈夫! もう、決めたの!」
由香ちゃんは力強く言い切る。
「もし、警察にバレたら、『社長にやれと言われたんですぅ』と、言うのよ」
「え!? そんなのいいの?」
「そうよ、『私たちはただの顔採用なんですぅ』って言えばいいのよ」
美奈ちゃんはニヤッと笑いながら悪い事を言う。
「ちょっと待って、うちは顔採用なんてやってないぞ」
あんまりなので俺が突っ込む。
「あら? 私たちの美貌にケチ付ける気?」
美奈ちゃんは鋭い目をして俺をにらむ。
「いや、そのぅ……綺麗な事は認めるけど……」
美奈ちゃんの鋭い視線に気おされる俺。
「よろしい! で、どっちがタイプなの?」
そう言って美奈ちゃんは、由香ちゃんの肩を抱き寄せて、並んでこっちを見る。
慌てて由香ちゃんが、顔を真っ赤にして美奈ちゃんに抗議する。
「いきなり何、聞いてるのよ!?」
「そ、そうだよ。それ公言したらセクハラだよ」
俺もいきなりの展開に焦って非難する。
「セクハラ、セクハラうるさいわね! 私がいいって言ってるんだから言いなさいよ!」
美奈ちゃんは、座った目で俺をビシッと指さす。まだそんなに酔ってないはずだが、困った姫様である。
さて、どう答えたものか……。
俺は大きく息を吐き、
「俺はね、『愛の秘密』を解いた人がタイプなんだ」
そう言ってニヤッと笑った。
「何、パクってんのよ~!」
美奈ちゃんはおしぼりを俺に向かって投げつけてくる。
「うわぁ、危ない! 暴力反対!」
おしぼりは俺をかすめて壁にベシャっと当たる。
無理難題押し付けて、悪い姫様だ。
「『愛の秘密』……って何ですか?」
由香ちゃんがポカンとした顔で聞いてくる。
「それは愛の専門家、美奈ちゃんに聞いて」
丸投げである。
美奈ちゃんは俺をギロっと睨むと、由香ちゃんの耳元で何かひそひそと話す。
すると、由香ちゃんは何か得心がいった様子で、少し赤くなり、優しい笑顔で俺を見つめた。
由香ちゃんにも分かるようだ……、分からないのは俺だけ? やはり俺には何かが欠けてるのかもしれない。ちょっとブルーになった。
格子戸が開き、店員が入ってくる。
「てっさでございます」
そう言いながら、ふぐの刺身をテーブルに置いた。
大きな皿に、薄い刺身が綺麗に並べられて、まるで大きな花の様だ。
「Oh! サシミ!」
マーカスが感激して叫び声をあげる。
「Sashimi!」「Sashimi!」「Sashimi!」
お前らうるさいよ。
「こんな立派なてっさ、初めてですぅ」
由香ちゃんがウットリとしている。
「いただき!」
美奈ちゃんは一気に五、六枚取っていく。
プリップリの ふぐをポン酢につけて一気食いである
「う~~~、うま~~~!!」
感動で綺麗な顔がクシャクシャになった。
「美奈ちゃんズル~い!」
由香ちゃんがあきれて非難する。
「そうだぞ! 一度に取っていいのは三枚まで!」
と、俺が仕切ろうとすると、マーカス達が十枚くらいずつ持っていく。
「あ~、おまえら!!」
ダメだ、制止するより取った方がいい。
「由香ちゃんもどんどん取って!」
「はい!」
クリスはそんな様子を、楽しそうに眺めている。
「クリスも早く取って! 無くなっちゃうよ!」
「…。そうだな、少しいただくか……」
そして、大皿一杯のてっさは、一瞬でなくなってしまった。
何なんだお前らは!
「うふふ、楽しい会社ですねぇ」
由香ちゃんは楽しそうである。
主役の彼女が楽しければ、まぁいいのかもしれないが……。
美奈ちゃんが声をかける。
「折角だから、誰か呼んであげようか?」
「え? 呼ぶって?」
「もう亡くなっちゃった人で、話したい人居ない?」
「え!? 死んだ人を呼べるの?」
目を大きく見開く由香ちゃん。
「そうそう、呼べるのよ~」
ドヤ顔の美奈ちゃんだが、呼ぶのは君じゃない、クリスじゃないか。
由香ちゃんは小首をかしげ、人差し指を頬にあてながら、
「うーん、呼べるなら……織田信長かな?」
と、凄いことを言い出した。
「え――――!? なんで?」
思わず天を仰ぐ美奈ちゃん。
「なんで、って、興味ない?」
「無いわよ! 女子大生が興味ある様な人じゃないわ!」
「でも、話したいの!」
由香ちゃんの決意は固そうだ。『歴女』と言うのだろうか、最近話題の歴史オタクの女子。
「じゃぁ……クリス、織田信長呼べる?」
美奈ちゃんは恐る恐るクリスに聞く。
「…。昔の人は……ちょっと大変ですね。でもお祝いですし、頑張って呼んでみましょう」
クリスは美奈ちゃんの手を取って、目を瞑る。
美奈ちゃんがトランス状態に入った――――
しばらくして、美奈ちゃんが目を開いた。
美奈ちゃんはゆっくりと部屋の様子を見ると
「なんじゃ、お前らは!」
太い声を上げて、いきなり怒り出した。
「織田信長……さんですか?」
由香ちゃんが恐る恐る聞く。
「ワシの眠りを邪魔したのはおぬしか!」
なんだかすごい怒ってる。
「あ、初めまして、私、宮田由香と申します。ぜひ、お話しをしたくてですね……」
必死に話しかける由香ちゃんだったが……
「お話しじゃと? 小娘の遊びで気軽に呼ぶでないわ!!」
「あ、いや、遊びというわけでは……」
「不愉快じゃ! 帰る!」
そう言って、美奈ちゃんはがっくりとうなだれた。
「あぁ……」
由香ちゃんは肩を落とし、すっかりしょげてしまった。
憧れの人が目の前に来たのに、怒られてしまったのはショックだろう。
相手にも話したい意向が無いと、上手く会話にならないようだ。
「…。相手が悪かったようですね。他の人にしましょうか?」
クリスが優しく声をかけるが……
「……。」
由香ちゃんは、返事もできずうなだれたままだ。
「ふぐのから揚げでございます」
店員が次の皿を持ってきた。
一人五個ずつ盛られたから揚げが配られ、皆、無言で貪り始めた。
ジューシーでうまみが凝縮されたふぐのから揚げは、会話を忘れてしまうほど美味い。
由香ちゃんも無言でゆっくり、から揚げを味わう。
俺も、骨付きのから揚げの肉を剥がしながら考えたが、呼び出す人は結構難しい。ばぁちゃんを呼び出そうかと思った事もあるが、今更何を話したらいいのか分からない。
何か思いついた由香ちゃんが、顔を上げてクリスに聞く。
「死んだ人じゃなくて、未来の自分と話したり出来ますか?」
俺は思わず横から言った。
「何言ってんの! 無理に決まって……」
しかし、クリスは、
「…。できますよ」
と、事も無げに言った。
「え――――!?」
俺は驚きを禁じ得なかった。なぜそんな事が出来るのか?
改めて神様のすさまじい能力に、唖然とさせられた。
「そしたら、死ぬ直前の私を出してください!」
由香ちゃんが祈る仕草で、目を輝かせて言う。
死ぬ前の自分と何を話すのだろう?
全くよく分からない彼女の発想に、俺は困惑していた。
美奈ちゃんは、
「先輩、すごいチャレンジャーですね! 私だったら無理だわ~」と、言って笑う。
離れたところで話を聞いていたマーカスも、目を輝かせながらやってきた。
「Oh! クリス スゴイネ! キョウミシンシン!!」
美奈ちゃんは
「じゃ、先輩行きますよ~」と、いいながらクリスと手を繋ぐ。
やがてうなだれて……そして目を開いた――――
「……。うふふ……。この時を……待ってたわ」
心なしか、しわがれた声で美奈ちゃんは口を開いた。
そして周りを見渡して、
「あはは、みんなそろってるわ、そう、そうだったわ~」
と、とても上機嫌である。
由香ちゃんが聞く、
「あなたは私ですか?」
美奈ちゃんは、由香ちゃんをじーっと見て、
「そうよ、あなたの時からず――――っと長い、なが――――い戦いを経た後のわ・た・し」
人差し指を揺らしながら言う。
「私の人生はどうでしたか?」
「ふふっ、最高だったわ~。本当に……。もちろん、あの時はこうしとけば良かったとか、いっぱいあるわよ、でも、今はそういう失敗ひっくるめて、満足してるのよ」
そう言って幸せそうに目を細めた。
「良かった! 何かアドバイスありますか?」
「アドバイス? うーん、これ、言っちゃっていいのかな……」
「え? 何でも言ってくださいよ!」
必死な由香ちゃん。確かに未来の自分からのアドバイスは最高に欲しい。
「すごくすごく言いたいんだけど……。私の時も教えてくれなかったからな。まぁ、お楽しみって事で」
未来の由香ちゃんは、そう言ってニヤッと笑った。
「え――――! ヒント、ヒントだけお願いします!」
未来の由香ちゃんは少し考え込むと……
「このメンバーの中にヤバい人がいるわ、本当にヤバいの。でも……おっといけない」
「え? クリスの事じゃなくて?」
「ふふふ、ひ・み・つ!」
そう言って人差し指を口の前で振った。
「え~~っ!」
由香ちゃんは可愛い顔を歪めながら、不満をあらわにする。
「そうそう、追い込まれたら、クリスの言葉を一字一句しっかりと考えるといいわ」
「そんな事があるの!?」
「最高の瞬間は、最悪の危機の顔をして現れるのよ」
そう言って未来の由香ちゃんは、本当にうれしそうに笑った。
「えっ!? えっ!?」
最高なのか最悪なのかわからない事を言われ、混乱を隠せない由香ちゃん。
そんな様子をちょっと意地悪な表情で観察して、ニヤッと笑うと彼女は、脇に避けてあったフグのひれ酒のコップを取り、軽くキュッと飲んだ。
「くぅ~~、若い子の体で飲むお酒は美味いわぁ」
そう言って満足げに笑った。
そして、一転寂しそうな顔をすると、
「ふふっ、そろそろ行かなきゃ」
そう言って由香ちゃんを愛おしそうに見つめた。
「え、まって!」
必死に引き留める由香ちゃんを彼女はじっと見つめ、目を瞑り、そして大きくうなずくと、
「Good luck!」
そう言ってウインクをした――――
ガックリとうなだれる美奈ちゃん。
静けさが広がる。
由香ちゃんは、宙をぼーっと眺めたまま動かなくなった。言われた言葉の意味を、一生懸命反芻しているようだ。
「ヤバい人って誰だろう?」
俺はそう言ってクリスを見た。
「…。おかしいな……。そんな事言うはずないんだが……」
クリスも不思議がっている。
「はい、てっちりです。鍋、ここ置かしてもらいますね~」
店員がコンロに大きな鍋を置いて、火をつけた。
「未来の人から話聞いちゃうと、因果律が狂うから駄目なんじゃないかな?」
俺はジンジャーエールを飲みながら、クリスに聞いた。
「…。確かにちょっとやり過ぎだった。今後は止めようと思う」
そう言ってクリスは、ジョッキのビールをぐっと空けた。
一瞬、俺も未来の自分の話を聞いてみたくなったが、因果律をゆがめて悪影響が出るリスクを考えると、止めておいた方が賢明のようだ。
てっちりをつつきながら、未来の由香ちゃんの言った事を思い出す。
『ヤバい人』って誰だ……?
日本側はただの一般人だから、エンジニアチームの誰かか?
でも、『ヤバい』というだけで、悪人という訳でもないのだろう。裏切者が居たとしたら『ヤバい』とは言わないと思うが……。いや、言う可能性は捨てきれない。
とは言え、由香ちゃんの人生は最高だったわけだから、深層守護者計画も、ポジティブに推移したと考える方が自然……のようにも思うが……、後悔や失敗があるって言ってたから、そうとも言い切れない。
結局、何も分からないじゃないか!
未来の由香ちゃんは、モヤモヤだけを残して去って行った。
でも、俺も由香ちゃんも血液を提供する関係上、お酒は飲めない。
ちょっと残念。
せめて食事は美味しい物にしたいので、ふぐ料理屋を選んだ。
小ぶりのお座敷にみんながそろったのを確認し、乾杯である。
「Hey Guys! Yuka-chan officially join us! (由香ちゃんが入社する事になりました!)」
「カンパーイ!」「Cheers!」「カンパーイ!」「Cheers!」「Cheers!」「Cheers!」
俺はジンジャーエールで、由香ちゃんのグラスにカチンと合わせる。
「これからよろしくね、期待してるよ!」
「お役に立てるかドキドキなんです……。でも、頑張ります!」
いい笑顔だ。
美奈ちゃんが、ビールのジョッキをぶつけながら言う。
「せんぱーい、もう逃げられませんよ!」
「大丈夫! もう、決めたの!」
由香ちゃんは力強く言い切る。
「もし、警察にバレたら、『社長にやれと言われたんですぅ』と、言うのよ」
「え!? そんなのいいの?」
「そうよ、『私たちはただの顔採用なんですぅ』って言えばいいのよ」
美奈ちゃんはニヤッと笑いながら悪い事を言う。
「ちょっと待って、うちは顔採用なんてやってないぞ」
あんまりなので俺が突っ込む。
「あら? 私たちの美貌にケチ付ける気?」
美奈ちゃんは鋭い目をして俺をにらむ。
「いや、そのぅ……綺麗な事は認めるけど……」
美奈ちゃんの鋭い視線に気おされる俺。
「よろしい! で、どっちがタイプなの?」
そう言って美奈ちゃんは、由香ちゃんの肩を抱き寄せて、並んでこっちを見る。
慌てて由香ちゃんが、顔を真っ赤にして美奈ちゃんに抗議する。
「いきなり何、聞いてるのよ!?」
「そ、そうだよ。それ公言したらセクハラだよ」
俺もいきなりの展開に焦って非難する。
「セクハラ、セクハラうるさいわね! 私がいいって言ってるんだから言いなさいよ!」
美奈ちゃんは、座った目で俺をビシッと指さす。まだそんなに酔ってないはずだが、困った姫様である。
さて、どう答えたものか……。
俺は大きく息を吐き、
「俺はね、『愛の秘密』を解いた人がタイプなんだ」
そう言ってニヤッと笑った。
「何、パクってんのよ~!」
美奈ちゃんはおしぼりを俺に向かって投げつけてくる。
「うわぁ、危ない! 暴力反対!」
おしぼりは俺をかすめて壁にベシャっと当たる。
無理難題押し付けて、悪い姫様だ。
「『愛の秘密』……って何ですか?」
由香ちゃんがポカンとした顔で聞いてくる。
「それは愛の専門家、美奈ちゃんに聞いて」
丸投げである。
美奈ちゃんは俺をギロっと睨むと、由香ちゃんの耳元で何かひそひそと話す。
すると、由香ちゃんは何か得心がいった様子で、少し赤くなり、優しい笑顔で俺を見つめた。
由香ちゃんにも分かるようだ……、分からないのは俺だけ? やはり俺には何かが欠けてるのかもしれない。ちょっとブルーになった。
格子戸が開き、店員が入ってくる。
「てっさでございます」
そう言いながら、ふぐの刺身をテーブルに置いた。
大きな皿に、薄い刺身が綺麗に並べられて、まるで大きな花の様だ。
「Oh! サシミ!」
マーカスが感激して叫び声をあげる。
「Sashimi!」「Sashimi!」「Sashimi!」
お前らうるさいよ。
「こんな立派なてっさ、初めてですぅ」
由香ちゃんがウットリとしている。
「いただき!」
美奈ちゃんは一気に五、六枚取っていく。
プリップリの ふぐをポン酢につけて一気食いである
「う~~~、うま~~~!!」
感動で綺麗な顔がクシャクシャになった。
「美奈ちゃんズル~い!」
由香ちゃんがあきれて非難する。
「そうだぞ! 一度に取っていいのは三枚まで!」
と、俺が仕切ろうとすると、マーカス達が十枚くらいずつ持っていく。
「あ~、おまえら!!」
ダメだ、制止するより取った方がいい。
「由香ちゃんもどんどん取って!」
「はい!」
クリスはそんな様子を、楽しそうに眺めている。
「クリスも早く取って! 無くなっちゃうよ!」
「…。そうだな、少しいただくか……」
そして、大皿一杯のてっさは、一瞬でなくなってしまった。
何なんだお前らは!
「うふふ、楽しい会社ですねぇ」
由香ちゃんは楽しそうである。
主役の彼女が楽しければ、まぁいいのかもしれないが……。
美奈ちゃんが声をかける。
「折角だから、誰か呼んであげようか?」
「え? 呼ぶって?」
「もう亡くなっちゃった人で、話したい人居ない?」
「え!? 死んだ人を呼べるの?」
目を大きく見開く由香ちゃん。
「そうそう、呼べるのよ~」
ドヤ顔の美奈ちゃんだが、呼ぶのは君じゃない、クリスじゃないか。
由香ちゃんは小首をかしげ、人差し指を頬にあてながら、
「うーん、呼べるなら……織田信長かな?」
と、凄いことを言い出した。
「え――――!? なんで?」
思わず天を仰ぐ美奈ちゃん。
「なんで、って、興味ない?」
「無いわよ! 女子大生が興味ある様な人じゃないわ!」
「でも、話したいの!」
由香ちゃんの決意は固そうだ。『歴女』と言うのだろうか、最近話題の歴史オタクの女子。
「じゃぁ……クリス、織田信長呼べる?」
美奈ちゃんは恐る恐るクリスに聞く。
「…。昔の人は……ちょっと大変ですね。でもお祝いですし、頑張って呼んでみましょう」
クリスは美奈ちゃんの手を取って、目を瞑る。
美奈ちゃんがトランス状態に入った――――
しばらくして、美奈ちゃんが目を開いた。
美奈ちゃんはゆっくりと部屋の様子を見ると
「なんじゃ、お前らは!」
太い声を上げて、いきなり怒り出した。
「織田信長……さんですか?」
由香ちゃんが恐る恐る聞く。
「ワシの眠りを邪魔したのはおぬしか!」
なんだかすごい怒ってる。
「あ、初めまして、私、宮田由香と申します。ぜひ、お話しをしたくてですね……」
必死に話しかける由香ちゃんだったが……
「お話しじゃと? 小娘の遊びで気軽に呼ぶでないわ!!」
「あ、いや、遊びというわけでは……」
「不愉快じゃ! 帰る!」
そう言って、美奈ちゃんはがっくりとうなだれた。
「あぁ……」
由香ちゃんは肩を落とし、すっかりしょげてしまった。
憧れの人が目の前に来たのに、怒られてしまったのはショックだろう。
相手にも話したい意向が無いと、上手く会話にならないようだ。
「…。相手が悪かったようですね。他の人にしましょうか?」
クリスが優しく声をかけるが……
「……。」
由香ちゃんは、返事もできずうなだれたままだ。
「ふぐのから揚げでございます」
店員が次の皿を持ってきた。
一人五個ずつ盛られたから揚げが配られ、皆、無言で貪り始めた。
ジューシーでうまみが凝縮されたふぐのから揚げは、会話を忘れてしまうほど美味い。
由香ちゃんも無言でゆっくり、から揚げを味わう。
俺も、骨付きのから揚げの肉を剥がしながら考えたが、呼び出す人は結構難しい。ばぁちゃんを呼び出そうかと思った事もあるが、今更何を話したらいいのか分からない。
何か思いついた由香ちゃんが、顔を上げてクリスに聞く。
「死んだ人じゃなくて、未来の自分と話したり出来ますか?」
俺は思わず横から言った。
「何言ってんの! 無理に決まって……」
しかし、クリスは、
「…。できますよ」
と、事も無げに言った。
「え――――!?」
俺は驚きを禁じ得なかった。なぜそんな事が出来るのか?
改めて神様のすさまじい能力に、唖然とさせられた。
「そしたら、死ぬ直前の私を出してください!」
由香ちゃんが祈る仕草で、目を輝かせて言う。
死ぬ前の自分と何を話すのだろう?
全くよく分からない彼女の発想に、俺は困惑していた。
美奈ちゃんは、
「先輩、すごいチャレンジャーですね! 私だったら無理だわ~」と、言って笑う。
離れたところで話を聞いていたマーカスも、目を輝かせながらやってきた。
「Oh! クリス スゴイネ! キョウミシンシン!!」
美奈ちゃんは
「じゃ、先輩行きますよ~」と、いいながらクリスと手を繋ぐ。
やがてうなだれて……そして目を開いた――――
「……。うふふ……。この時を……待ってたわ」
心なしか、しわがれた声で美奈ちゃんは口を開いた。
そして周りを見渡して、
「あはは、みんなそろってるわ、そう、そうだったわ~」
と、とても上機嫌である。
由香ちゃんが聞く、
「あなたは私ですか?」
美奈ちゃんは、由香ちゃんをじーっと見て、
「そうよ、あなたの時からず――――っと長い、なが――――い戦いを経た後のわ・た・し」
人差し指を揺らしながら言う。
「私の人生はどうでしたか?」
「ふふっ、最高だったわ~。本当に……。もちろん、あの時はこうしとけば良かったとか、いっぱいあるわよ、でも、今はそういう失敗ひっくるめて、満足してるのよ」
そう言って幸せそうに目を細めた。
「良かった! 何かアドバイスありますか?」
「アドバイス? うーん、これ、言っちゃっていいのかな……」
「え? 何でも言ってくださいよ!」
必死な由香ちゃん。確かに未来の自分からのアドバイスは最高に欲しい。
「すごくすごく言いたいんだけど……。私の時も教えてくれなかったからな。まぁ、お楽しみって事で」
未来の由香ちゃんは、そう言ってニヤッと笑った。
「え――――! ヒント、ヒントだけお願いします!」
未来の由香ちゃんは少し考え込むと……
「このメンバーの中にヤバい人がいるわ、本当にヤバいの。でも……おっといけない」
「え? クリスの事じゃなくて?」
「ふふふ、ひ・み・つ!」
そう言って人差し指を口の前で振った。
「え~~っ!」
由香ちゃんは可愛い顔を歪めながら、不満をあらわにする。
「そうそう、追い込まれたら、クリスの言葉を一字一句しっかりと考えるといいわ」
「そんな事があるの!?」
「最高の瞬間は、最悪の危機の顔をして現れるのよ」
そう言って未来の由香ちゃんは、本当にうれしそうに笑った。
「えっ!? えっ!?」
最高なのか最悪なのかわからない事を言われ、混乱を隠せない由香ちゃん。
そんな様子をちょっと意地悪な表情で観察して、ニヤッと笑うと彼女は、脇に避けてあったフグのひれ酒のコップを取り、軽くキュッと飲んだ。
「くぅ~~、若い子の体で飲むお酒は美味いわぁ」
そう言って満足げに笑った。
そして、一転寂しそうな顔をすると、
「ふふっ、そろそろ行かなきゃ」
そう言って由香ちゃんを愛おしそうに見つめた。
「え、まって!」
必死に引き留める由香ちゃんを彼女はじっと見つめ、目を瞑り、そして大きくうなずくと、
「Good luck!」
そう言ってウインクをした――――
ガックリとうなだれる美奈ちゃん。
静けさが広がる。
由香ちゃんは、宙をぼーっと眺めたまま動かなくなった。言われた言葉の意味を、一生懸命反芻しているようだ。
「ヤバい人って誰だろう?」
俺はそう言ってクリスを見た。
「…。おかしいな……。そんな事言うはずないんだが……」
クリスも不思議がっている。
「はい、てっちりです。鍋、ここ置かしてもらいますね~」
店員がコンロに大きな鍋を置いて、火をつけた。
「未来の人から話聞いちゃうと、因果律が狂うから駄目なんじゃないかな?」
俺はジンジャーエールを飲みながら、クリスに聞いた。
「…。確かにちょっとやり過ぎだった。今後は止めようと思う」
そう言ってクリスは、ジョッキのビールをぐっと空けた。
一瞬、俺も未来の自分の話を聞いてみたくなったが、因果律をゆがめて悪影響が出るリスクを考えると、止めておいた方が賢明のようだ。
てっちりをつつきながら、未来の由香ちゃんの言った事を思い出す。
『ヤバい人』って誰だ……?
日本側はただの一般人だから、エンジニアチームの誰かか?
でも、『ヤバい』というだけで、悪人という訳でもないのだろう。裏切者が居たとしたら『ヤバい』とは言わないと思うが……。いや、言う可能性は捨てきれない。
とは言え、由香ちゃんの人生は最高だったわけだから、深層守護者計画も、ポジティブに推移したと考える方が自然……のようにも思うが……、後悔や失敗があるって言ってたから、そうとも言い切れない。
結局、何も分からないじゃないか!
未来の由香ちゃんは、モヤモヤだけを残して去って行った。