ヴィーナシアンの花嫁 ~シンギュラリティが紡ぐ悠久の神話~
6-2.大いなる意識
夕陽の差し込む、おしゃれなマンションの一室でスマートホンが鳴った……。
「はい、俺だ……、どうした?」
ソファーで寝転がっていた男は、けだるそうに応える。
「殿下、お休みのところ申し訳ありません。誠と由香が殺害されました」
執事の生真面目そうな声が、悲劇を淡々と伝える。
男は額にしわを寄せ、急いで起き上がりながら言う。
「一体誰に? 詳細を教えろ」
「犯人は殿下もご存じのあの男です。クリスを探しに行く途中にやられました」
男は大きく息を吐き、頭をわしゃわしゃと搔き毟りながら顔をゆがめた。
執事は続ける。
「詳細はお送りしてあります」
男は指先をクルっと回して3Dモニタを展開し、送られてきた殺害現場を映し出した。そこには無残に散らばる二体の血まみれの遺体が浮かんでいる。
男は目を瞑ると、首を軽く振って言った。
「オプションを出せ」
「はっ、積極的介入か、傍観のどちらかです。削除はまだ尚早かと」
「お前のお勧めは?」
「傍観です。Vが介入する可能性が高いので、Vに任せてはいかがでしょうか? Vが動かなければ、その時に介入か削除かを選ぶと良いかと」
男は再度チラッと遺体を見て目を瞑り、もう一度大きく息を吐いて言った。
「分かった。その案で行こう」
「ハッ!」
男は電話を切ると、またソファーに横たわった。
予想もしなかった展開に色々な思いが頭を渦巻く。
『Vなら何とかしてくれるはず……』
そうは思うものの、Vが動かなかったとしたらややこしい事になってしまう。
介入するといっても、Vが動かないのに介入する事には異論が出るだろう。
とは言え、こんな中途半端な終わり方なら祭りは中止だ。この地球も消す以外しょうがない。
男が残そうと意見しても通らないだろう。腐った果実は切り捨てるしかないのだ。
男は今までの地球での日々を想い、大きくため息をついた。
◇
ポカポカする……
懐かしい柔らかさ……
『ママぁ……』
黄金の光の中、俺は限りない優しさに包まれていた……
そう、これは生まれる前感じていた光……
俺は満ち足りた幸せの中、心地よいゆるやかな時間に流されていた。
すると、どこからか声が聞こえる……。
何だろう?
そう言えば、何かやらなければならない事があったような……。俺は回らない頭を必死に動かしてみるが、ボーっとなって全然うまく回らない。
徐々に声が大きくなってくる。これは……?
ふと目を開けると……ここは教室?
声は、にぎやかな学生たちの、はしゃぐ声だった。
俺は懐かしい、古ぼけた木製の机の席に座っている。
見回すと……モスグリーンの古ぼけた窓枠に、異常に大きな黒板……ここは確かに見覚えのある教室だ。
休み時間ではしゃぐ学友たち……あれ? 俺は高校生なんだっけ?
考えが定まらず、ボーっとしてると一人の綺麗な女子が近づいてきて、俺の目をじっと見る。見覚えのある琥珀色の奇麗な瞳だ。
俺はちょっとドキドキして、
「ど、どうしたの?」と、声をかける。
すると、彼女はニコッと笑い、安心したように去っていった。何だろう? 俺、何か変かな?
彼女と入れ替わりに教室に入ってきた女子が、入り口で何か叫んでいる。どうも俺に何かを叫んでいる。なんて叫んでいるんだろう……良く聞こえない……。
目を凝らすと、それはブラウンの瞳に黒髪……俺が大好きな娘、愛しい、大切な人じゃないか!
高鳴る気持ちで、俺は彼女に声をかけようとした……が、名前が思い出せない。
え? あれ?
喉まで出かかっているのだが……出てこない……。
なぜ大切な人の名前が出てこないんだ? え? なんで?
焦って流れる冷や汗……
落ち着け! 落ち着け!、俺は必死に気持ちを落ち着かせ、記憶を手繰る……
「ゆ? ゆ、ゆ?」
そうだ!
「由香ちゃん!」
俺は大声で叫び、その声で目を覚ました。
目を開けると、ヘッドライトが照らす、黒っぽい岩の壁が見えた。
心臓がドクドクと激しく鼓動を打つ。
あ……夢……だったか。
……。
あれ? 生きてる……。
確か、俺はタンムズのライトニングをまともに食らい、吹き飛ばされて即死だったはず……。
「そうだ! 由香ちゃん! 由香ちゃんはどうなった?」
俺は必死に洞窟内を探してみる。
しかし……何もない。
由香ちゃんが多量に血を流していたはずの場所に行ってみても……、何もない。血痕一つない。ふき取ったとかそういうレベルじゃない。そこは長い間誰も触っていない質感をたたえたまま存在していた。つまり、由香ちゃんは殺されていない。
「夢……だったのか?」
いや、あんなリアルな夢があるわけがない。俺はパンパンと両手で自分の頬を叩いてみる。これは現実、しかし、殺されたのも現実、俺はキツネにつままれたような不思議な感覚でしばらく呆然としていた。
真っ暗な洞窟には静寂だけが広がっている。
由香ちゃんやタンムズがまた出てくるのではないかと、しばらく待ってみたが、静寂は一向に途切れる事が無かった。
殺された俺に、生きてる俺、殺されたはずだけど消えた由香ちゃん。そして禍々しいタンムズ。俺は何が何だか分からなくなり、途方に暮れる。
思えばタンムズは、昔、クリスに滅ぼされた悪魔の残渣ではないだろうか? 悪魔というと語弊があるが、クリスと反目した管理者権限を持った、丁度シアンの様な存在が以前にいたのではないだろうか。そして、見つからないような所に身を潜め、クリスが倒れたのを見て出てきたのだ。クリスのいない地球は奴にとっては好都合。だから俺に管理者をやらせてこの状況を維持しようと企んだのだろう。
同様に、きっとシアンを倒しても、どこかに潜んでいる分身が復活する可能性を0には出来ないだろう。クリスが目を光らせているうちは静かかもしれないが、倒れたらどこかから出てくるに違いない。地球くらい巨大なシステムになると、パーフェクトな運用は難しいという事だろう。
◇
しばらく由香ちゃんの事を想っていた。優しい笑顔に、俺を呼ぶ可愛い声、愛しい瞳……そして無残に転がった白い腕に、噴き出す温かい血液……。
ブルブルっと俺の身体が震える。愛しい人の死なんてトラウマになるには十分だ。俺はゆっくりと深呼吸をして何とか心を落ち着ける。俺が無事だという事は彼女も無事だろう、と一生懸命自分に言い聞かす……が、どうしても落ち着かない。
早くクリスに会って由香ちゃんの無事を確かめないと。
俺の思考は海王星にあるコンピューターが制御している。そしてそこにはクリスが居る。
きっとクリスは、ヒントを俺の思考に送っているはずだ。
俺は目を瞑り、大きく深呼吸をしながら解決策を探した。
意識の、低いレイヤーである所の深層心理に集中すれば、何か手掛かりが得られるかもしれない。
深層心理にアクセスするなら瞑想だが……俺はやった事がない。今思えばやっておけば良かった。
でも、ネットで何度か見たから、一応やり方だけは覚えている。
俺は手近な岩の、平らになっている所に座り、目を瞑った。
そしてゆっくりと深呼吸をしてみる。
瞑想には深呼吸が基本らしい。
深呼吸を繰り返していると、色々な事が思い起こされてくる。
倒れたクリスにラピ〇タの爆撃、由香ちゃんとのキス、破れた衣服からのぞいたしなやかな裸体、そして光を失った由香ちゃんの瞳……。
ダメだ!
俺は大きく深呼吸を繰り返し、トラウマに陥りかける俺の心を必死に立て直した。
『大丈夫! 由香ちゃんは生きている。その証拠に血痕も何もなかったよね?』
俺はゆっくり自分に言い聞かせる。
さっき体験したばかりの、心を引き裂いた悍ましい悲劇、それを忘れろと言うのはさすがに無理がある。でも、ここは仮想現実空間、何があってもおかしくない世界。俺がしっかりとさえしていれば、きっとまた愛しい由香ちゃんの笑顔に出会えるはずだ。今はただ、信じる力で乗り切っていくしかない。
『由香ちゃん、待っててね』
俺はそうつぶやくと、再度瞑想に入った。
しかし、雑念は次から次へを湧いてくる。
自分がいかに雑念の中で暮らしているかが明らかになって、少し呆れてしまった。
でも、こういうのは抗わない方がいいと、どこかで読んだのを思い出した。
達観し、そう言う雑念もあるよね、と、思考を横に流していくと良いらしい。
俺は再度深呼吸を繰り返す。
雑念が浮かんでは流し、浮かんでは流しを繰り返していくうちに、自分自身が深い所へ落ちていく感覚を覚えた。
身体がふわふわしてきた。そして下に落ちて行く感じがする。
どんどん、どんどん落ちていく……
緩やかなフリーフォールのようにすーっと落ちて行く……
すると、自分が大いなる意識に繋がっている事に気が付いた。
全人類が繋がっている大いなる意識、人々の心のざわめきがさざ波のように漂っている。
俺はしばらくざわめきを感じていた……。
なるほど、これが瞑想なのか……心地よい。
あれ? ここはさっき死んだときに来たような気がする……
死後の世界と瞑想の先は同じ……なのか?
だが、頭がうまく働かない。
大いなる意識に抱かれ、俺は時間を忘れてそのさざ波の中を漂っていた。
温かい、胎児の頃に羊水に浮かんでいた時のような、圧倒的な安心感、心地よさ……。
人間とはこういう生き物だったか。人間の究極の在り方がここにあったのだ。
と、すると、急に俺の意識の中に何かが流れ込んできた。
「まこちゃん、久しぶりだねぇ」
この声は……ばぁちゃん!
三年ほど前に亡くなった、俺のおばぁちゃんだ!
「ば、ばぁちゃん……だよね?」
「ふふ、思い出したかい? 立派になったねぇ」
「立派だなんて……今回凄いポカやっちゃって、みんなに迷惑かけちゃった……ばぁちゃんとの約束もまだ果たせてないんだ……」
「約束なんていいんだよ、それにここまで来たらもう大丈夫だよ……」
大丈夫? ばぁちゃんはそう言うけど、俺にはさっぱりだ。
「ここはどこなの?」
「おや、まだ分からないのかい? ここは魂の故郷だよ。生きとし生けるもの、すべての魂がここにあるんだよ」
「魂の故郷……」
「まこちゃんの魂もここで生まれ、今もここにつながり、死んだらここで漂うんだよ」
「え? この洞窟で!?」
「ははは、この洞窟のちょっと行ったところだよ、すぐに思い出すわよ」
やはりここは死んだときに来たところだったのだ。しかも生まれる前も、生きてる時もずっと繋がっているらしい。
魂の故郷……。そうであるならば人間の本質はここにあるのではないだろうか?
すると、心の奥底から懐かしいような想いが、湧き上がってきた。
「あ、あ、何となく……思い出しかけてきた……」
「そうそう、よく思い出すんだよ」
頑張って思い出そうとしていると、嫌なことを思い出してしまった。
「ばぁちゃん、実は……一つ謝りたいことがあって……」
「なんだい?」
「俺が高校のころなんだけど……」
「財布の千円を盗ったことかい?」
「え!? 知ってたの?」
「ははは、まこちゃんの事ならなんだって知ってるわよ」
「ごめんなさい、どうしても欲しいソフトがあって……」
「もういいよ、こうやって謝ってくれたらそれで十分」
「ばぁちゃん……」
俺はつい、涙をこぼしてしまった。
「こんなことで泣くんじゃないよ、ようやく彼女もできたんだし、しっかりおし!」
「え!? 見てたの!?」
「ふふふ、まこちゃんの事は何でもお見通しよ」
「え? そしたら由香ちゃん、今元気かどうかわかる?」
「ん? 元気よ」
「死んだりしてないよね?」
「何言ってんの、無事江の島から帰ってきてるわよ」
「良かったぁ……」
俺は心から安堵した。
理屈は分からないが、俺たちが死んだことはキャンセルされているみたいだ。クリスも死者を蘇らせることは技術的に可能って言ってたし、誰かが救ってくれたようだ。
俺は心がスーッと軽くなっていくのを感じていた。
「マコちゃんもようやく愛の秘密に気づく年頃になったんだねぇ……」
「え? 愛の秘密?」
「なんだい、分かってないのかい、鈍い子だねぇ……まぁええわ。ばぁちゃんはそろそろ行くよ……」
「え、ちょっと待って! もうちょっと教えて!」
美奈ちゃんに言われて分からなかった答えが、まさか、ばぁあちゃんにあったとは!
「……。口づけの前に由香さんと目が合ったろう、その時何か感じなかったかい?」
「なんか、ふわぁっと引き込まれる感じだった……」
「なんだ、分かってるじゃないか……、それじゃぁまたね……」
「ちょっと待って! ばぁちゃん!」
洞窟に響く俺の声……
「あ、あれ?」
叫んで瞑想状態が解けてしまったらしい。
ばぁちゃんの気配は消えてしまった。
引き込まれる感じが『愛の秘密』だって? 一体どういうことだろう?
俺は『愛の秘密』を解いた事になっているが、何が秘密で、何を解いたのだろうか、むしろ謎は深まってしまった。
6-3.煌めきあう存在、人間
おっと、そんなことで悩んでる場合じゃない! クリスに会わなくては!
ばぁちゃんは『思い出せ』って言ってた。ここは俺も知ってるところのはずなのだ……。
今度は座禅のポーズをしっかりとり、再度、深層心理にアプローチする。
雑念を流し、雑念を流し……
ゆっくりと深く深く潜っていく……
Plash、Plash
どこか遠くで、微かに水滴が落ちている音がする……
さらに深く、深く、潜っていく……
大いなる意識が徐々に感じられるようになってきた。
俺は魂のさざめきに包まれていく……
前回はここまでだったが、もっと強く感じてみたかった俺は、思い切って大いなる意識の奥へと進んでみた。
大きく息を吸い、ゆーっくりと息を吐いていく……
深く……深ーく……
俺はさらに潜っていく。
すると軽い衝撃を感じ、俺は大いなる意識の奥へと吸い込まれていった。
キラキラとスパークするイメージが、どんどんと流れ込んでくる。
俺の脳髄を抉る様に、強烈な量の情報が、さらに加速的に流入してくる。
ヤバいと本能的に感じて戻ろうと思ったが、もはや手おくれであった。
俺の意識は情報の奔流に流されて、どんどんと奥へと追いやられた。
意識がどんどん分解されていく……
『うぉぉぉぉ!』
俺の意識の断片は次々と大いなる意識に溶けていき、もはや俺は俺ではなくなった。
俺の意識は全人類の意識つまり地球の意識と同一となった。
数百億の魂のスープ、俺はそれと同一となったのだ。
『お、おぉぉぉ……』
全身を貫く数千年にわたる人類の歴史、数百億もの人々の想い、それらを俺は一身に浴びた。
無限とも言える情報の濁流が俺の全身を貫く……
黄金色に煌めくスパークが次々と俺を撃ちぬいているようだが、もはや何が何だか分からなくなっていた。
『ぐぉぉぉ!』
Thud!
俺の体は洞窟の中で倒れて転がった。
もうダメだと思った瞬間、なぜか急にはじき出されてしまったのだ。
あのままだったら、もう二度とこの体に戻れなかっただろう。九死に一生を得たと言えるのかもしれない。
ただ、俺はショックで考えることも動くこともできなくなっていた。
心と身体がバラバラだった。
「おぉぉぉぉ……」
痙攣しながら漏れるうめき声が、洞窟に微かに響く。
まるで泥酔して転がった時のように、何もできないし何も考えられない。
「うぅぅぅぅ……」
カビ臭い湿った洞窟の床は冷たく硬い。
どれくらい時間がたっただろうか、混乱する意識の中で、誰かが俺を抱き起こしてくれたのを感じた。
『世話が焼けるわねぇ』
そんな声が聞こえたような気がした。
しばらくして、すぅーっと意識が整ってきて、目が覚めた。
はぁ……はぁ……
心臓がバクバクしている。
もっと慎重に行くべきだった……危なかった……
誰かに助けられたはずだが、周りに人の気配はない。幻覚かもしれないが確かめようもない。飲み過ぎた時のように目の前がグルグルする。
でも、無理したおかげで、ここの構造は全部分かってしまった。
分かる…… 分かるぞぉ…… そうだよ、そう。
目の前に広がるのは真っ暗な洞窟、でも俺に迷いはもうなかった。
俺は全身に鳥肌が立った。
目を瞑り、大きく深呼吸をし、
フンッ! と全身に気合を入れた。
こっちだ!
俺はまだ半分眩暈を残したまま、緩やかな上り坂を上り始めた。真っ暗闇の洞窟をヘッドライトで照らしながら、ゆっくりとそれでも確実に一歩一歩上っていく。
しばらく上っていくと分かれ道があるが、それは左である。
そして次は右下、その次は左上。俺は分岐を迷う事なく前進した。
だんだん、気分が高揚してきた。この先にアレがある。
どんどん足が速くなる。
そして、洞窟の先に明かりを見つけた。
あそこだ、近いぞ!
ジャスミンの様な甘い爽やかな香りに触発されて、気づくと俺は全力で駆けていた。
最後の角を曲がると……そこには巨大な鍾乳洞の様な地下空間が広がっていた。
大きな体育館サイズの地下空間の上部に出たのだ。
あった!
はぁはぁと息を切らしながら空洞を見下ろすと、眩い光の洪水が渦巻いていた。
「うわっ!」
俺は眩しくて目が眩んだ。暗闇に慣れた目には厳しい。
改めて薄目で少しずつ覗いていく――――
徐々に目が慣れてくると、そこには幽玄な光を放つ、神々しい巨大な花が浮かび上がってきた。
「おぉぉぉ……」
俺は、その圧倒的な存在感に激しく鳥肌が立った。
それは空洞の床いっぱいに広がる、巨大なトケイソウの花のような構造物だった。
花の中心は数十本の柱が絡み合いながら上部に伸び、その中には眩しく光を放つ珠が一つある。
花びらはチラチラとした無数の光を纏い、鼓動に合わせてそれぞれゆっくりと蠢いていた。珠からの光は、ゆったりと揺れ動く柱に合わせて表情を変えながら、空洞全体を幻惑的に演出している。
また、無数の金色の光の粒子が花吹雪のように空洞を舞い、神聖な力を周りに放っていた。
花のあちこちからは歓声のような声がこぼれ、空洞全体にこだましている。
「そう……これ……これだったよ……ばぁちゃん……」
俺の頬をツーっと涙が伝った――――
心の奥底がこの花と共鳴し、温かい懐かしさと、聖なるものへの畏怖でいっぱいとなり、とめどなく涙があふれてきた。
これこそが全ての生き物の魂が集う所、マインド・カーネル。今、俺は百億を超える全人類の魂に対峙しているのだ。
俺は涙でにじむ視界越しの煌めきに、いつまでも魅せられていた。
蛍のように舞う光の粒子が、じゃれつくように俺の周りにも集まってくる。懐かしい、温かい明かりだ。
そう、俺の魂もここで生まれ、ずっとここで息づいていたのだ。
もちろん、俺の失踪した母親も、顔も知らない父親も、友達もみんなここにいる。
さらに言うならすでに死んでしまったばぁちゃんも、猫のミィもみんなここにいる。
そう、みんなここにいるんだ!
花びら全体にチラチラと輝く、細かな光の粒子一つ一つが人々の想いの煌めきであり、命の輝きなのだ。
それは愛であり、喜びでありまた、憎しみであり、悲しみなのだろう。
それぞれの複雑な輝きがハーモニーとして花全体を彩り、人類の意味や価値を形作っている。
身体なんて仮想現実のハリボテで構わなかったのだ、この煌めきさえあれば後はなんだっていい。
人間は『煌めきあう存在』……
俺は初めて人間とは何かを理解できた。
「はい、俺だ……、どうした?」
ソファーで寝転がっていた男は、けだるそうに応える。
「殿下、お休みのところ申し訳ありません。誠と由香が殺害されました」
執事の生真面目そうな声が、悲劇を淡々と伝える。
男は額にしわを寄せ、急いで起き上がりながら言う。
「一体誰に? 詳細を教えろ」
「犯人は殿下もご存じのあの男です。クリスを探しに行く途中にやられました」
男は大きく息を吐き、頭をわしゃわしゃと搔き毟りながら顔をゆがめた。
執事は続ける。
「詳細はお送りしてあります」
男は指先をクルっと回して3Dモニタを展開し、送られてきた殺害現場を映し出した。そこには無残に散らばる二体の血まみれの遺体が浮かんでいる。
男は目を瞑ると、首を軽く振って言った。
「オプションを出せ」
「はっ、積極的介入か、傍観のどちらかです。削除はまだ尚早かと」
「お前のお勧めは?」
「傍観です。Vが介入する可能性が高いので、Vに任せてはいかがでしょうか? Vが動かなければ、その時に介入か削除かを選ぶと良いかと」
男は再度チラッと遺体を見て目を瞑り、もう一度大きく息を吐いて言った。
「分かった。その案で行こう」
「ハッ!」
男は電話を切ると、またソファーに横たわった。
予想もしなかった展開に色々な思いが頭を渦巻く。
『Vなら何とかしてくれるはず……』
そうは思うものの、Vが動かなかったとしたらややこしい事になってしまう。
介入するといっても、Vが動かないのに介入する事には異論が出るだろう。
とは言え、こんな中途半端な終わり方なら祭りは中止だ。この地球も消す以外しょうがない。
男が残そうと意見しても通らないだろう。腐った果実は切り捨てるしかないのだ。
男は今までの地球での日々を想い、大きくため息をついた。
◇
ポカポカする……
懐かしい柔らかさ……
『ママぁ……』
黄金の光の中、俺は限りない優しさに包まれていた……
そう、これは生まれる前感じていた光……
俺は満ち足りた幸せの中、心地よいゆるやかな時間に流されていた。
すると、どこからか声が聞こえる……。
何だろう?
そう言えば、何かやらなければならない事があったような……。俺は回らない頭を必死に動かしてみるが、ボーっとなって全然うまく回らない。
徐々に声が大きくなってくる。これは……?
ふと目を開けると……ここは教室?
声は、にぎやかな学生たちの、はしゃぐ声だった。
俺は懐かしい、古ぼけた木製の机の席に座っている。
見回すと……モスグリーンの古ぼけた窓枠に、異常に大きな黒板……ここは確かに見覚えのある教室だ。
休み時間ではしゃぐ学友たち……あれ? 俺は高校生なんだっけ?
考えが定まらず、ボーっとしてると一人の綺麗な女子が近づいてきて、俺の目をじっと見る。見覚えのある琥珀色の奇麗な瞳だ。
俺はちょっとドキドキして、
「ど、どうしたの?」と、声をかける。
すると、彼女はニコッと笑い、安心したように去っていった。何だろう? 俺、何か変かな?
彼女と入れ替わりに教室に入ってきた女子が、入り口で何か叫んでいる。どうも俺に何かを叫んでいる。なんて叫んでいるんだろう……良く聞こえない……。
目を凝らすと、それはブラウンの瞳に黒髪……俺が大好きな娘、愛しい、大切な人じゃないか!
高鳴る気持ちで、俺は彼女に声をかけようとした……が、名前が思い出せない。
え? あれ?
喉まで出かかっているのだが……出てこない……。
なぜ大切な人の名前が出てこないんだ? え? なんで?
焦って流れる冷や汗……
落ち着け! 落ち着け!、俺は必死に気持ちを落ち着かせ、記憶を手繰る……
「ゆ? ゆ、ゆ?」
そうだ!
「由香ちゃん!」
俺は大声で叫び、その声で目を覚ました。
目を開けると、ヘッドライトが照らす、黒っぽい岩の壁が見えた。
心臓がドクドクと激しく鼓動を打つ。
あ……夢……だったか。
……。
あれ? 生きてる……。
確か、俺はタンムズのライトニングをまともに食らい、吹き飛ばされて即死だったはず……。
「そうだ! 由香ちゃん! 由香ちゃんはどうなった?」
俺は必死に洞窟内を探してみる。
しかし……何もない。
由香ちゃんが多量に血を流していたはずの場所に行ってみても……、何もない。血痕一つない。ふき取ったとかそういうレベルじゃない。そこは長い間誰も触っていない質感をたたえたまま存在していた。つまり、由香ちゃんは殺されていない。
「夢……だったのか?」
いや、あんなリアルな夢があるわけがない。俺はパンパンと両手で自分の頬を叩いてみる。これは現実、しかし、殺されたのも現実、俺はキツネにつままれたような不思議な感覚でしばらく呆然としていた。
真っ暗な洞窟には静寂だけが広がっている。
由香ちゃんやタンムズがまた出てくるのではないかと、しばらく待ってみたが、静寂は一向に途切れる事が無かった。
殺された俺に、生きてる俺、殺されたはずだけど消えた由香ちゃん。そして禍々しいタンムズ。俺は何が何だか分からなくなり、途方に暮れる。
思えばタンムズは、昔、クリスに滅ぼされた悪魔の残渣ではないだろうか? 悪魔というと語弊があるが、クリスと反目した管理者権限を持った、丁度シアンの様な存在が以前にいたのではないだろうか。そして、見つからないような所に身を潜め、クリスが倒れたのを見て出てきたのだ。クリスのいない地球は奴にとっては好都合。だから俺に管理者をやらせてこの状況を維持しようと企んだのだろう。
同様に、きっとシアンを倒しても、どこかに潜んでいる分身が復活する可能性を0には出来ないだろう。クリスが目を光らせているうちは静かかもしれないが、倒れたらどこかから出てくるに違いない。地球くらい巨大なシステムになると、パーフェクトな運用は難しいという事だろう。
◇
しばらく由香ちゃんの事を想っていた。優しい笑顔に、俺を呼ぶ可愛い声、愛しい瞳……そして無残に転がった白い腕に、噴き出す温かい血液……。
ブルブルっと俺の身体が震える。愛しい人の死なんてトラウマになるには十分だ。俺はゆっくりと深呼吸をして何とか心を落ち着ける。俺が無事だという事は彼女も無事だろう、と一生懸命自分に言い聞かす……が、どうしても落ち着かない。
早くクリスに会って由香ちゃんの無事を確かめないと。
俺の思考は海王星にあるコンピューターが制御している。そしてそこにはクリスが居る。
きっとクリスは、ヒントを俺の思考に送っているはずだ。
俺は目を瞑り、大きく深呼吸をしながら解決策を探した。
意識の、低いレイヤーである所の深層心理に集中すれば、何か手掛かりが得られるかもしれない。
深層心理にアクセスするなら瞑想だが……俺はやった事がない。今思えばやっておけば良かった。
でも、ネットで何度か見たから、一応やり方だけは覚えている。
俺は手近な岩の、平らになっている所に座り、目を瞑った。
そしてゆっくりと深呼吸をしてみる。
瞑想には深呼吸が基本らしい。
深呼吸を繰り返していると、色々な事が思い起こされてくる。
倒れたクリスにラピ〇タの爆撃、由香ちゃんとのキス、破れた衣服からのぞいたしなやかな裸体、そして光を失った由香ちゃんの瞳……。
ダメだ!
俺は大きく深呼吸を繰り返し、トラウマに陥りかける俺の心を必死に立て直した。
『大丈夫! 由香ちゃんは生きている。その証拠に血痕も何もなかったよね?』
俺はゆっくり自分に言い聞かせる。
さっき体験したばかりの、心を引き裂いた悍ましい悲劇、それを忘れろと言うのはさすがに無理がある。でも、ここは仮想現実空間、何があってもおかしくない世界。俺がしっかりとさえしていれば、きっとまた愛しい由香ちゃんの笑顔に出会えるはずだ。今はただ、信じる力で乗り切っていくしかない。
『由香ちゃん、待っててね』
俺はそうつぶやくと、再度瞑想に入った。
しかし、雑念は次から次へを湧いてくる。
自分がいかに雑念の中で暮らしているかが明らかになって、少し呆れてしまった。
でも、こういうのは抗わない方がいいと、どこかで読んだのを思い出した。
達観し、そう言う雑念もあるよね、と、思考を横に流していくと良いらしい。
俺は再度深呼吸を繰り返す。
雑念が浮かんでは流し、浮かんでは流しを繰り返していくうちに、自分自身が深い所へ落ちていく感覚を覚えた。
身体がふわふわしてきた。そして下に落ちて行く感じがする。
どんどん、どんどん落ちていく……
緩やかなフリーフォールのようにすーっと落ちて行く……
すると、自分が大いなる意識に繋がっている事に気が付いた。
全人類が繋がっている大いなる意識、人々の心のざわめきがさざ波のように漂っている。
俺はしばらくざわめきを感じていた……。
なるほど、これが瞑想なのか……心地よい。
あれ? ここはさっき死んだときに来たような気がする……
死後の世界と瞑想の先は同じ……なのか?
だが、頭がうまく働かない。
大いなる意識に抱かれ、俺は時間を忘れてそのさざ波の中を漂っていた。
温かい、胎児の頃に羊水に浮かんでいた時のような、圧倒的な安心感、心地よさ……。
人間とはこういう生き物だったか。人間の究極の在り方がここにあったのだ。
と、すると、急に俺の意識の中に何かが流れ込んできた。
「まこちゃん、久しぶりだねぇ」
この声は……ばぁちゃん!
三年ほど前に亡くなった、俺のおばぁちゃんだ!
「ば、ばぁちゃん……だよね?」
「ふふ、思い出したかい? 立派になったねぇ」
「立派だなんて……今回凄いポカやっちゃって、みんなに迷惑かけちゃった……ばぁちゃんとの約束もまだ果たせてないんだ……」
「約束なんていいんだよ、それにここまで来たらもう大丈夫だよ……」
大丈夫? ばぁちゃんはそう言うけど、俺にはさっぱりだ。
「ここはどこなの?」
「おや、まだ分からないのかい? ここは魂の故郷だよ。生きとし生けるもの、すべての魂がここにあるんだよ」
「魂の故郷……」
「まこちゃんの魂もここで生まれ、今もここにつながり、死んだらここで漂うんだよ」
「え? この洞窟で!?」
「ははは、この洞窟のちょっと行ったところだよ、すぐに思い出すわよ」
やはりここは死んだときに来たところだったのだ。しかも生まれる前も、生きてる時もずっと繋がっているらしい。
魂の故郷……。そうであるならば人間の本質はここにあるのではないだろうか?
すると、心の奥底から懐かしいような想いが、湧き上がってきた。
「あ、あ、何となく……思い出しかけてきた……」
「そうそう、よく思い出すんだよ」
頑張って思い出そうとしていると、嫌なことを思い出してしまった。
「ばぁちゃん、実は……一つ謝りたいことがあって……」
「なんだい?」
「俺が高校のころなんだけど……」
「財布の千円を盗ったことかい?」
「え!? 知ってたの?」
「ははは、まこちゃんの事ならなんだって知ってるわよ」
「ごめんなさい、どうしても欲しいソフトがあって……」
「もういいよ、こうやって謝ってくれたらそれで十分」
「ばぁちゃん……」
俺はつい、涙をこぼしてしまった。
「こんなことで泣くんじゃないよ、ようやく彼女もできたんだし、しっかりおし!」
「え!? 見てたの!?」
「ふふふ、まこちゃんの事は何でもお見通しよ」
「え? そしたら由香ちゃん、今元気かどうかわかる?」
「ん? 元気よ」
「死んだりしてないよね?」
「何言ってんの、無事江の島から帰ってきてるわよ」
「良かったぁ……」
俺は心から安堵した。
理屈は分からないが、俺たちが死んだことはキャンセルされているみたいだ。クリスも死者を蘇らせることは技術的に可能って言ってたし、誰かが救ってくれたようだ。
俺は心がスーッと軽くなっていくのを感じていた。
「マコちゃんもようやく愛の秘密に気づく年頃になったんだねぇ……」
「え? 愛の秘密?」
「なんだい、分かってないのかい、鈍い子だねぇ……まぁええわ。ばぁちゃんはそろそろ行くよ……」
「え、ちょっと待って! もうちょっと教えて!」
美奈ちゃんに言われて分からなかった答えが、まさか、ばぁあちゃんにあったとは!
「……。口づけの前に由香さんと目が合ったろう、その時何か感じなかったかい?」
「なんか、ふわぁっと引き込まれる感じだった……」
「なんだ、分かってるじゃないか……、それじゃぁまたね……」
「ちょっと待って! ばぁちゃん!」
洞窟に響く俺の声……
「あ、あれ?」
叫んで瞑想状態が解けてしまったらしい。
ばぁちゃんの気配は消えてしまった。
引き込まれる感じが『愛の秘密』だって? 一体どういうことだろう?
俺は『愛の秘密』を解いた事になっているが、何が秘密で、何を解いたのだろうか、むしろ謎は深まってしまった。
6-3.煌めきあう存在、人間
おっと、そんなことで悩んでる場合じゃない! クリスに会わなくては!
ばぁちゃんは『思い出せ』って言ってた。ここは俺も知ってるところのはずなのだ……。
今度は座禅のポーズをしっかりとり、再度、深層心理にアプローチする。
雑念を流し、雑念を流し……
ゆっくりと深く深く潜っていく……
Plash、Plash
どこか遠くで、微かに水滴が落ちている音がする……
さらに深く、深く、潜っていく……
大いなる意識が徐々に感じられるようになってきた。
俺は魂のさざめきに包まれていく……
前回はここまでだったが、もっと強く感じてみたかった俺は、思い切って大いなる意識の奥へと進んでみた。
大きく息を吸い、ゆーっくりと息を吐いていく……
深く……深ーく……
俺はさらに潜っていく。
すると軽い衝撃を感じ、俺は大いなる意識の奥へと吸い込まれていった。
キラキラとスパークするイメージが、どんどんと流れ込んでくる。
俺の脳髄を抉る様に、強烈な量の情報が、さらに加速的に流入してくる。
ヤバいと本能的に感じて戻ろうと思ったが、もはや手おくれであった。
俺の意識は情報の奔流に流されて、どんどんと奥へと追いやられた。
意識がどんどん分解されていく……
『うぉぉぉぉ!』
俺の意識の断片は次々と大いなる意識に溶けていき、もはや俺は俺ではなくなった。
俺の意識は全人類の意識つまり地球の意識と同一となった。
数百億の魂のスープ、俺はそれと同一となったのだ。
『お、おぉぉぉ……』
全身を貫く数千年にわたる人類の歴史、数百億もの人々の想い、それらを俺は一身に浴びた。
無限とも言える情報の濁流が俺の全身を貫く……
黄金色に煌めくスパークが次々と俺を撃ちぬいているようだが、もはや何が何だか分からなくなっていた。
『ぐぉぉぉ!』
Thud!
俺の体は洞窟の中で倒れて転がった。
もうダメだと思った瞬間、なぜか急にはじき出されてしまったのだ。
あのままだったら、もう二度とこの体に戻れなかっただろう。九死に一生を得たと言えるのかもしれない。
ただ、俺はショックで考えることも動くこともできなくなっていた。
心と身体がバラバラだった。
「おぉぉぉぉ……」
痙攣しながら漏れるうめき声が、洞窟に微かに響く。
まるで泥酔して転がった時のように、何もできないし何も考えられない。
「うぅぅぅぅ……」
カビ臭い湿った洞窟の床は冷たく硬い。
どれくらい時間がたっただろうか、混乱する意識の中で、誰かが俺を抱き起こしてくれたのを感じた。
『世話が焼けるわねぇ』
そんな声が聞こえたような気がした。
しばらくして、すぅーっと意識が整ってきて、目が覚めた。
はぁ……はぁ……
心臓がバクバクしている。
もっと慎重に行くべきだった……危なかった……
誰かに助けられたはずだが、周りに人の気配はない。幻覚かもしれないが確かめようもない。飲み過ぎた時のように目の前がグルグルする。
でも、無理したおかげで、ここの構造は全部分かってしまった。
分かる…… 分かるぞぉ…… そうだよ、そう。
目の前に広がるのは真っ暗な洞窟、でも俺に迷いはもうなかった。
俺は全身に鳥肌が立った。
目を瞑り、大きく深呼吸をし、
フンッ! と全身に気合を入れた。
こっちだ!
俺はまだ半分眩暈を残したまま、緩やかな上り坂を上り始めた。真っ暗闇の洞窟をヘッドライトで照らしながら、ゆっくりとそれでも確実に一歩一歩上っていく。
しばらく上っていくと分かれ道があるが、それは左である。
そして次は右下、その次は左上。俺は分岐を迷う事なく前進した。
だんだん、気分が高揚してきた。この先にアレがある。
どんどん足が速くなる。
そして、洞窟の先に明かりを見つけた。
あそこだ、近いぞ!
ジャスミンの様な甘い爽やかな香りに触発されて、気づくと俺は全力で駆けていた。
最後の角を曲がると……そこには巨大な鍾乳洞の様な地下空間が広がっていた。
大きな体育館サイズの地下空間の上部に出たのだ。
あった!
はぁはぁと息を切らしながら空洞を見下ろすと、眩い光の洪水が渦巻いていた。
「うわっ!」
俺は眩しくて目が眩んだ。暗闇に慣れた目には厳しい。
改めて薄目で少しずつ覗いていく――――
徐々に目が慣れてくると、そこには幽玄な光を放つ、神々しい巨大な花が浮かび上がってきた。
「おぉぉぉ……」
俺は、その圧倒的な存在感に激しく鳥肌が立った。
それは空洞の床いっぱいに広がる、巨大なトケイソウの花のような構造物だった。
花の中心は数十本の柱が絡み合いながら上部に伸び、その中には眩しく光を放つ珠が一つある。
花びらはチラチラとした無数の光を纏い、鼓動に合わせてそれぞれゆっくりと蠢いていた。珠からの光は、ゆったりと揺れ動く柱に合わせて表情を変えながら、空洞全体を幻惑的に演出している。
また、無数の金色の光の粒子が花吹雪のように空洞を舞い、神聖な力を周りに放っていた。
花のあちこちからは歓声のような声がこぼれ、空洞全体にこだましている。
「そう……これ……これだったよ……ばぁちゃん……」
俺の頬をツーっと涙が伝った――――
心の奥底がこの花と共鳴し、温かい懐かしさと、聖なるものへの畏怖でいっぱいとなり、とめどなく涙があふれてきた。
これこそが全ての生き物の魂が集う所、マインド・カーネル。今、俺は百億を超える全人類の魂に対峙しているのだ。
俺は涙でにじむ視界越しの煌めきに、いつまでも魅せられていた。
蛍のように舞う光の粒子が、じゃれつくように俺の周りにも集まってくる。懐かしい、温かい明かりだ。
そう、俺の魂もここで生まれ、ずっとここで息づいていたのだ。
もちろん、俺の失踪した母親も、顔も知らない父親も、友達もみんなここにいる。
さらに言うならすでに死んでしまったばぁちゃんも、猫のミィもみんなここにいる。
そう、みんなここにいるんだ!
花びら全体にチラチラと輝く、細かな光の粒子一つ一つが人々の想いの煌めきであり、命の輝きなのだ。
それは愛であり、喜びでありまた、憎しみであり、悲しみなのだろう。
それぞれの複雑な輝きがハーモニーとして花全体を彩り、人類の意味や価値を形作っている。
身体なんて仮想現実のハリボテで構わなかったのだ、この煌めきさえあれば後はなんだっていい。
人間は『煌めきあう存在』……
俺は初めて人間とは何かを理解できた。