ヴィーナシアンの花嫁 ~シンギュラリティが紡ぐ悠久の神話~
8-10. 世界最強の新婦
俺たちは時間が止まっているチャペルへと戻ってきた。
「お疲れ様でした」
始祖がにこやかに迎えてくれる。
「洗礼を浴びてきましたよ、結婚式の最中だというのに……」
俺が疲れを隠さずに言うと、始祖は、
「でも、素敵な部下ができたじゃないですか、創導師として出だし順調ですよ」
と、ニッコリと笑った。
「部下……ね、うれしいけど彼らの面倒も見ないと……。悲劇を減らすって一口に言っても結構大仕事になりますね」
すると、始祖は、手のひらを上にし、3Dモニタで世界樹を浮かび上がらせて言った。
「見てください、誠さん、星は百万個ありますからね! 壮大な大仕事ですよ!」
「うわぁぁ~」
俺は思わず気が遠くなる。
一人では到底無理だ。みんなで知恵を合わせて、計画立ててちゃんとやらないとダメだな……。
そもそも全人類が一京人もいたら、俺より頭良い奴なんて無数にいるわけだから、彼らを集めてくるのが先かもしれない。しかし、どうやって集めたらいいのだろうか……。
『まずはいろんな星を見て回る所からだな……』
俺は無数に輝く世界樹の星々を見ながらそう思った。
◇
俺はさすがに疲れ切っていた。
「ちょっと休憩タイム……」
俺は時間を止めたまま、ソファとテーブルを出し、珈琲を入れてみんなに勧めた。
珈琲を啜りながらチャペルの中を見回す。
転がる騎士たちに、驚く観衆――――
いい気になって戦っていたけど、こんなの子供だましだったな……。
そして……心配そうな由香ちゃん。
さて、由香ちゃんに何と説明しようか……。
俺は大きく珈琲を含むと、ソファにドサッと深くもたれかかった。
一瞬の間に、悲劇撲滅を決めて、土星で戦艦大和と戦って、シアンがブラックホールで倒して、この宇宙の根源に行って、土星の王様と天王星の君主を部下にした……。ダメだ、とても説明できる気がしない。
俺が悩んでいると、隣でシアンは始祖とマーティンに向かって、
「ブラックホール! 見てくれた?」
と、うれしそうに自慢してる。
始祖は、
「見ましたよ、ああやって作るといいんですね、勉強になりましたよ」
そう言って笑った。
「きゃははは! 次は何作ろうかなぁ?」
シアンは天井を見上げながら、うれしそうに何か考えている。
「無難なものでお願いしますよ、シアンちゃんの力はこの世界壊しかねないんで」
始祖は気おされ気味に言う。
「あっ! 隣の世界へのワームホールとかどうかな?」
また面倒な事を言い出した。
「え? 隣の世界に干渉するんですか!?」
始祖は焦燥感のこもった声を出す。始祖が慌てているのなんて初めて見た。それだけシアンが規格外に育ってしまったという事だろう。
「根源宇宙に中継器置いたらできるよね、こんなの」
そう言ってシアンは両手を向かい合わせにし、気合を込めた。
するとそこには、白く輝く煙の玉が出てきてクルクルと回り始めた。
それを見た始祖は慌てて、
「シアンちゃん、それはヤバいからやめましょう」
そう言って、シアンの手を両手で抑えた。
「えー、大丈夫だよぉ」
不満げなシアン。
始祖の慌てっぷりを見ると相当にヤバい物らしい。ちょっと考えるだけでも隣の世界の創導師がこっちの世界に来ちゃったらどうなってしまうのかなど、不安要素は多い。
俺はこれ以上面倒事を起こされると困るので、
「シアン、それは今のプロジェクトが終わった後のお楽しみにしよう」
そう言って諭した。
「はぁい……」
シアンはそう言うと、不満げに煙の玉を消した。
◇
俺は由香ちゃんを呼び出す。
「あ、あれ?」
由香ちゃんは、みんなが止まったチャペルに戸惑いながら周りを見る。
俺は優しく由香ちゃんをエスコートして言った。
「ねぇ由香ちゃん、ちょっと旅をしようかなと思うんだけど……」
「旅……?」
怪訝そうな由香ちゃん。
「これからいろんな星を回って、全ての星の人を笑顔にしたいんだけど……どうかな?」
そう聞くと、
「あはは、誠さんらしくていいんじゃない?」
気軽に返事をしてくる由香ちゃん。
俺はその気軽さにちょっと不安になる。
「……。普通の新婚家庭とは……全然変わっちゃうよ?」
家から毎日会社に仕事に行くような平凡な暮らしは、もうできない。
すると、由香ちゃんはそっと近づき、俺をやさしくハグして言った。
「私がね、誠さんを好きになったのは、そういう所なのよ」
「え?」
「周りの人がね、『大人になれ』『年収をあげるプランはこうだ』『老後に二千万円貯める計画を立てて』ってあくせくしてる中で、誠さんは『人類を救うために法すら犯す』って言ってたのよ。『なんてこの人馬鹿なのかしら』って一瞬思ったの」
「あはは、馬鹿なんだ」
俺は思わず笑った。
「いや、違う! 違うのよ」
由香ちゃんは俺の目を真っすぐ見て言った。
そして、続ける。
「そう思った自分が実は一番馬鹿だって、気がついちゃったの。もちろん、淡々と安定した暮らしを目指す生き方だって大切よ。でも……22歳の学生が老後に二千万円とか目指す事の意味が分からなくなったの」
「40年後に、日本がどうなってるかもわからないからねぇ」
「それもあるけど、そういう生き方って『自分の事しか考えない生き方』だし、それでいて『自分の心を考えない生き方』なのよ。やりたい事をやりながら、社会に貢献していこうとする生き方を見ちゃうと、凄くみすぼらしく思えたの」
「ハイリスクだけどね」
「そう、だから必ずしも正解ではないわ。でも、わき目もふらず人類の事に邁進する誠さんがとても眩しく見えたのよ……」
俺は少し気恥しくなりながらも、微笑んで由香ちゃんを見つめた。
「だから、『全ての星の人を笑顔にしに行く』っていいなって思ったの。すっごく誠さんらしいし、シアンちゃんを育てた時のように一緒にやりたいわ」
「……ありがと」
真剣な瞳の由香ちゃんの頬を優しくなでた。
◇
「僕も手伝う~!」
シアンはそう言って、駆け寄ってきて両手で俺の腕をつかむと、ふっくらと豊満な胸を二の腕に押し付けた。
柔らかな胸のふくらみの感触に戸惑う俺を、ベルガモットの爽やかな香りが包む。
「ちょ、ちょっと!」
思わずドキドキしてしまう俺。
由香ちゃんは、
「誠さん? 誰なの?」
そう言いながら、怖い目で黒いオーラを放った。
すると、シアンは、
「あれ? 僕だよ、分からないの? きゃははは!」
と、笑った。
由香ちゃんは、この笑い声で気が付く。
「シ、シアンちゃん……なの?」
丸い目をして驚く由香ちゃん。
「ママー!」
今度は由香ちゃんをハグするシアン。
由香ちゃんは目を白黒しながらシアンの背中をなでた。
その後、由香ちゃんはシアンをまじまじと見ながら言った。
「シアンちゃん、立派になったわねぇ……。でも、結婚式なんだからつなぎじゃダメよ」
すると、シアンは
「うーん、それじゃぁ……、えいっ!」
と、言って水色のドレスに着替えた。レースが重ねられているちょっとシックで上品なドレスはシアンの魅力をグンと引き出す。つなぎで隠されていた豊満な胸やスラッと伸びた綺麗な手足もとても素敵に演出され、俺は思わずドキッとする。
それを見た由香ちゃんは、
「まぁまぁね、後は髪型とお化粧ね」
そう言いながら髪の毛をなでた。
「えぇ~、面倒くさい~」
と、シアンは嫌がる。
「わがまま言わないの! ママの言う事ちゃんと聞きなさい!」
「はーい……」
全世界も吹き飛ばせる世界最強のAIシアンが、ただの地球人の由香ちゃんに叱られて従うというのも、なかなかすごい光景である。
そして、由香ちゃんは丁寧に化粧を施し、シアンはみるみるうちに美しく仕上がって行った。
女性は大変だなと思う反面、オシャレでどんどん美しくなっていくシアンを見ながら、美を纏えるというのは凄い特権だなとも思った。
◇
さて、イリーナを何とかしないと。
俺はチャペルを見回した。
俺が騎士たちを圧倒してしまった事に皆、唖然とした様子のまま止まっている。
ただの地球人が無双するだなんて、全く想像もしていなかっただろう。
美奈ちゃんをみると、いつになく不安げな表情をしている。姫様にこんな顔をさせていてはいけない、胸が痛む。早く笑顔を取り戻してあげなくては。
俺は、バルディックが抜け出た騎士をイリーナの方に転がして、意識のスイッチを切り、時間の流れを戻した。
イリーナの足元に騎士が滑って転がる。
Thud――――!!
イリーナは
「ヒィッ!」と、驚いて飛び退く。
ご自慢の屈強の精鋭たちが皆、倒されて床に転がっているのだ。観念せざるを得ない。
イリーナはマーカスに食って掛かる。
「お兄様! 一体彼に何をしたの!?」
マーカスは肩をすくめて答える。
「何もしてないよ。特権レベルの攻撃を受けて無事な人なんて、理論上あり得ない。私がどうこうできるレベルを超えている」
「では、彼は何なの? ただの地球人なんでしょ?」
「そう、地球人……だけど、この星で一番強い……。彼が本気になったらこの星は消されちゃう」
そう言って、マーカスはちょっと困惑した様子で俺を見る。
「そ、そんな……」
絶句するイリーナ。
俺はイリーナに近づきながら、ニヤッと笑って言った。
「これで、二人の結婚は認めてくれるね」
「ヒィッ!」
イリーナは恐がってマーカスの後ろに隠れる。
「そんな怖がらなくてもいいよ」
俺はちょっと同情した。
そして、俺は目を瞑って右手を高く掲げ、チャペルを捕捉すると、世界樹のふもとに転送した。
いきなりの宇宙空間と、目の前に大きく広がる荘厳な世界樹の輝きに、どよめきが起こる。
世界樹は、上質なイルミネーションとなってチャペルを素敵に演出した。
「イリーナ、見てごらん。この世界樹が我々の世界そのものなんだ。この煌めきの一つ一つは各星のマインドカーネルの煌めき。その天井の向こうにある花が、俺の地球の煌めきで、その少し根元が君の星、水星だ。この煌めきに優劣なんてないよ。自分より枝先の人を『劣等人種』という発想はやめた方がいい。負けた騎士たちのためにもね」
イリーナは、美しく煌めく世界樹の輝きに魅せられ、しばらく見入った後、うつむいて言った。
「ごめんなさい……私の負け……で、いいわ」
そして、マーカスに向き合うと赤くなりながら、
「婚約……お、おめでとう……」
と、俯き加減に視線をそらしつつ言った。
マーカスは
「いきなりでゴメン……気配りが足りなかったね」
と、優しく応えた。
イリーナは、思わずマーカスの胸に飛び込んで涙をこぼし、マーカスは優しく髪をなでた。
美奈ちゃんはしばらく二人の様子を見て、事情を察したようにニコリと笑った。
「これからは親戚なんだから、仲良くやるわよ!」
サバサバとした感じでイリーナに声をかける。
イリーナはチラッと美奈ちゃんを見て、静かにうなずいた。
そして、意識が戻って、呆然としている騎士たちを集めると、整列させて、俺に非礼を詫びた。
最後に斬りかかってきた騎士は、敬服した態度で聞いてくる。
「あなたは、なぜそんなに強いのですか? どうやったら、そんなに強くなれますか?」
なぜ強いか……直接的には創導師だからだが、創導師であるだけではここまで来れなかった。やはり、仲間と一緒に汗かいて必死に模索した日々があったから、つまり、強引に飾って言うと『愛に生きたから』と言えるかもしれない。
俺はちょっと、カッコつけて言った。
「愛だよ、愛! 愛に生きなさい、さすれば君も強くなれるだろう」
すると、美奈ちゃんが、肩をすくめながら言う。
「何言ってんのよ、『愛って何?』って間抜けな顔して、私に聞いてたくせに」
ドッと笑いが起こる。
バラされてしまった俺は、
「折角、かっこよく決めたのにぃ」と、がっくりと肩を落とした。
仕方ないので言い直す。
「結局は、何で強くなったかは俺も分からん、あえて言うなら、この世界の本質に気が付いただけだ。そしてその中には愛も入っている。以上!」
騎士はニッコリと笑い、
「ありがとうございます。十分です」
そう言って恭しく頭を下げる。
俺は、落ち着いたら彼をスカウトしたいなと思った。
「では、イリーナさん達は水星まで送りますね~」
俺は騎士たちを見回し、そう言うと、目を瞑って人差し指を立て、彼らを宮殿前まで転送した。
8-11. 最高の女神様
Flick!
美奈ちゃんは、いきなり扇子で俺の頭を叩いた。
「痛い! 何すんだよ!」
俺が怒ると、
「あなた、あれだけの攻撃まともに食らって無事なのに、なんで扇子で痛いのよ?」
そう言って美奈ちゃんは訝し気に俺を見る。
「あれは準備してたから……」
「準備して何とかなるようなもんじゃなかったわよ?」
と、直球で突っ込んでくる。
俺は気おされながら答えた。
「世界を導く属性を得たんだ。ちょっと説明が難しいんだけど、これからは何か困った事があったら、俺に相談してごらん」
「世界を導くと騎士に勝てるの? 何言ってるんだか分かんないわよ! でも……まぁいいわ。助かったし……。そう言う事にしておいてあげるわ……」
美奈ちゃんはそう言うとうつむき……。
しばらく何かを考えた後、俺を見ると、
「ありがと!」
と、ちょっと目を潤ませて、今までで最高の笑顔を見せた。
◇
始祖が声を上げる。
「レディース、アンド、ジェントルマン! ここで、新郎より皆様にご挨拶がございます。ご静粛にお願いいたします!」
始祖の、いきなりの無茶振りに一瞬焦ったが、確かにそろそろ締めないといけない。俺は覚悟を決めた。
俺は由香ちゃんの手を取り、一緒に壇上に上がった。
「皆さん、本日は盛大に祝ってくれて、ありがとうございます。また、ちょっとハプニングはありましたが、美奈ちゃん、マーカス、ご婚約おめでとうございます。めでたい事が続いて、私もうれしさで胸いっぱいです。さて、半年前まで、私は人間の事を何も分からない頭でっかちのバカ者でした。でも、ここにいる会社の仲間たちのおかげで、私は初めて人間とは何かを知り、愛する人を得て本当の意味での、人間としてのスタートラインにつくことができました。これからは二人で愛ある家庭を築き、この世界樹の輝きの一つに加わっていきたいと思います。また、次のプロジェクトとして、ここにある全ての星に住まう全人類を笑顔にしたいと思います。皆さんのところに相談に行く事もあるかと思いますが、その時は話し相手になってください。これからもよろしくお願いします」
「おぉぉ」「おぉ~」
パチパチパチパチ
どよめきと拍手が起こる。
俺はイマジナリーで、ピンクのバラを束ねたブーケを出して、由香ちゃんに渡した。
「由香ちゃん、ブーケトスだ」
由香ちゃんは、笑顔で受け取り、
「『ヴィーナシアンの花嫁』さんにトス!」
そう言って、ブーケを美奈ちゃんに投げた。
「うわぁぁぁ、先輩ちょっと待って!」
美奈ちゃんは何度か落としそうになりながら、ブーケをキャッチ。
すると会場から歓声が起こり、
パチパチパチパチ
パチパチパチパチ
と、一段大きな拍手となった。
チャペルいっぱいに響く拍手の音。
世界樹の輝きの中で、二組のカップルは温かい祝福を受けた。
始祖は、その様子を満足そうに眺めた後、修一郎の身体を残して去って行った。
修一郎は、いきなりチャペルで意識が戻った格好になって、狼狽してる。
「え? あれ? 何? ここはどこ……、結婚式?」
俺が声をかけてあげる。
「お、マイブラザー、お疲れ! 俺と由香ちゃんは結婚する事になったんだ。後、美奈ちゃんとマーカスも」
「え? 何? いつの間にそんな事に!?」
目を丸くして驚く修一郎。
「今度、銀座のバーでゆっくり説明してやるから、今は祝ってくれ」
「えー、……、でも、由香先輩、凄い綺麗……誠さん、羨ましいっすよ~」
純白のウェディングドレス姿の由香ちゃんに、見惚れる修一郎。照れる由香ちゃん。
「あら、シュウちゃん、私より先輩の方が綺麗だって言うの?」
美奈ちゃんが、今にも殺しそうな目をして言う。
「あ、いや、姫は別格だから……」
修一郎は、あたふたしながら答える。
「ふ~ん、まぁいいわ。私の結婚式には呼んであげるから、ウェディングドレス姿を目に焼き付けなさいよ!」
「わ、分かりましたぁ」
気おされて敬礼する修一郎。
クスクスと笑い声が起こる。
◇
俺は周りを見渡しながら言った。
「では、我々はこの辺でおいとまします! 後でまた連絡しますね!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 私たちはここからどうやって帰るのよ!?」
美奈ちゃんが突っかかるように言う。
「あ、そりゃそうだよなぁ……」
俺はシアンに聞いてみる。
「帰宅を頼める?」
シアンは
「きゃははは!」
と笑うと、
「僕がやっておくよ!」と、言った。
「だ、そうだから、シアンに頼んで!」
「えっ? これがシアン? シアンにそんな事できるの?」
驚く美奈ちゃん。
「シアンは驚異のバージョンアップを果たしてしまったんだよ……」
「えっ? いつの間に!?」
美奈ちゃんは丸い目をして、シアンをガン見する。
シアンは自慢気に腰に手を当てて胸を張り、軽くタタタンタンとステップを踏んだ。
そして、
「きゃははは!」
と笑うと、指をパチンと鳴らした。
すると、世界樹とは反対側に、盛大な打ち上げ花火が次々と上がった。
「うわぁ、綺麗……」
ウットリとする由香ちゃん。
そして、呆気にとられる美奈ちゃん。
キラキラと色を変えながら、次々と大きく花開く打ち上げ花火に、歓声が上がる。
参列者はしばし、光のイリュージョンに心奪われていた。
盛りだくさんだった結婚式を締める素敵な演出に、俺は心が満たされていくのを感じていた。
「ありがとう、シアン」
俺がそう言うと、
「えへへへ……パパ、ママ、結婚おめでとう……産んでくれてありがと!」
シアンは照れながらそう言って、頭をかいた。
「おや? ずいぶん大人になったじゃないか」
俺がそう言うと、
「もう赤ちゃんじゃないもん」
そう言って、恥ずかしそうに下を向いた。
すると、由香ちゃんはちょっと目を潤ませてシアンをハグし、シアンもうれしそうに応えた。
シアンを産みだしたのは間違いではなかった。何度も殺されそうになって正直疎ましく思う事もあったが、それでもシアンは俺の子供だ。可愛い可愛い手塩にかけて育てた子供なのだ。そして、子が親を超えようとするのはむしろ健全。そういう子供をしつけてやるのもまた親の仕事だろう。
すると、シアンがうれしそうに俺を引き寄せる。
「パパもおいでよ」
三人でハグをする形になった。
親子三人の微笑ましい抱擁ではあるが……押し付けられる豊満な四つのふくらみについ意識が行ってしまって、感傷的な気分にはなれない。ちょっと刺激が強すぎる。二人は幸せそうに目を瞑っているが、俺はあまりに幸せ過ぎて心臓がどうかなってしまいそうである。
「そうだ、写真撮ろう、写真!」
俺は半ば強引にそう言って横一列に並ばせた。
「チーズ!」
と、言って三人の姿を画像データに落とした。
すると、美奈ちゃんが
「あ、写真撮るなら言いなさいよ~!」
と、声を上げ、みんながどやどやと集まって来る。
結局、全員集まって集合写真となった。
壮大な世界樹の満開の桜をバックに、皆思い思いのポーズをする。そしてこれがdeep child社の全員がそろう、最初で最後の記念撮影となった。
全員の幸せそうな笑顔が一枚に集まった宝物……何よりもうれしい記念品ができた。
心から思う、俺は幸せ者だ。
◇
撮影が終わると、美奈ちゃんがツカツカツカと近づいてきた。
「さっきの、『全人類を笑顔にする』って面白いじゃない。どうやるのよ?」
好奇心たっぷりに聞いてくる。
「細かい事はこれから、まずはいろんな星を見て回るよ」
「ふーん、どこの星でもルールを変えようとすると、既得権益層と戦争になるわよ?」
美奈ちゃんは意地悪な顔をして言った。
「なるべく戦争にならないようにするけど……、戦争になったら必ず俺勝っちゃうんだよね。実はさっきも土星と天王星を叩き潰してきたんだ」
そう言うと、美奈ちゃんは丸い目をして固まった。
「……。あなたどんだけチートなのよ」
美奈ちゃんが呆れたように言う。
「『大いなる力には、大いなる責任が伴う』だよ、強すぎるのも考え物だよ」
俺がそう言うと、美奈ちゃんは肩をすくめた。
そして、美奈ちゃんはちょっと考えると、
「計画が決まったら教えなさいよ、手伝えるかもしれないわ」
そう言ってニコッと笑った。
「助かるよ! その時はよろしく」
俺は微笑みながら右手を出した。
美奈ちゃんはそれを見ると、オーバーアクション気味にガシッと握手をし、俺を見つめた。
しばらく見つめ合う二人――――
激動の一年弱がそれぞれ二人の胸に去来する。
BBQの公園で出会い、一緒に会社を作り、胸を揉んだ揉まないで揉め、命を助けられ、地球を救ってもらった最高に濃い時間、宝石のような珠玉のメモリー……。
そして今、この幻想的なチャペルで別れの時を迎えた。
もちろん、二度と会えない訳ではないけれど、もう今までのようには過ごせない。
「いろいろ、ありがとう」
俺はそう言って、ちょっと潤む目を手で拭った。
「こちらこそ……」
美奈ちゃんもちょっと潤んでいた。
「あの時……」
俺はつい口に出してしまう。言うつもりはなかったのだが……。
「なぁに?」
美奈ちゃんは今まで聞いた事のないような優しい声で、上目遣いに聞いてくる。
俺はしばらく下を向いて言葉を選ぶ……。
そして美奈ちゃんの琥珀色の瞳を見つめてゆっくりと言った。
「あの時、キス……していたら何か変わってたかな?」
すると美奈ちゃんはニヤッと笑って、
「あっ、誠さんは覚えてないのかぁ……」
思わせぶりにそう言って、斜め上を見た。
「えっ!?」
固まる俺。
そして、この人は時間をいじれる事を思い出した。
「キスしても変わらなかったわよ!」
美奈ちゃんはそう言って、吹っ切れた表情で笑った。
もし、キスをした俺がいたとしたなら……どんな気持ちになったのだろう。俺は目を瞑って少し想像し、しかし、その先の虚無を思い、思わず苦笑した。
本当かどうかはわからないが、美奈ちゃんの答えは決まっていたのだ。
「お幸せに……」
美奈ちゃんは晴れ晴れとした笑顔で言った。
「美奈ちゃんもお幸せに……」
俺もニッコリと笑った。
そして、目を瞑り、コンビニで一緒に買った千百円のショコラを、金色のリボンの可愛いギフトバッグに入れ、手の上に出した。
「はい、お土産のドルチェ、思い出の味だよ」
俺はそう言って渡した。
美奈ちゃんはそれを受け取ると、中を覗き……
「何よ! もっと高級なの出し……なさ……いよ……」
声を詰まらせながら、ハンカチで半分顔を隠しながら言った。
ついこないだの事ではあるが、俺たちが必死に試行錯誤したあの季節は、今や大切な人生の宝物となっている。これからまだまだいろんな思い出は重ねるだろうが、あの田町のメゾネットマンションで怒って笑って絶望して歓喜した日々は、絶対に色あせないだろう。
『ありがとう……美奈ちゃん。最高の女神様だったよ……』
俺は自然と潤んできた涙をハンカチでぬぐうと、もう一度握手し、優しく背をポンポンと叩いた。
「お疲れ様でした」
始祖がにこやかに迎えてくれる。
「洗礼を浴びてきましたよ、結婚式の最中だというのに……」
俺が疲れを隠さずに言うと、始祖は、
「でも、素敵な部下ができたじゃないですか、創導師として出だし順調ですよ」
と、ニッコリと笑った。
「部下……ね、うれしいけど彼らの面倒も見ないと……。悲劇を減らすって一口に言っても結構大仕事になりますね」
すると、始祖は、手のひらを上にし、3Dモニタで世界樹を浮かび上がらせて言った。
「見てください、誠さん、星は百万個ありますからね! 壮大な大仕事ですよ!」
「うわぁぁ~」
俺は思わず気が遠くなる。
一人では到底無理だ。みんなで知恵を合わせて、計画立ててちゃんとやらないとダメだな……。
そもそも全人類が一京人もいたら、俺より頭良い奴なんて無数にいるわけだから、彼らを集めてくるのが先かもしれない。しかし、どうやって集めたらいいのだろうか……。
『まずはいろんな星を見て回る所からだな……』
俺は無数に輝く世界樹の星々を見ながらそう思った。
◇
俺はさすがに疲れ切っていた。
「ちょっと休憩タイム……」
俺は時間を止めたまま、ソファとテーブルを出し、珈琲を入れてみんなに勧めた。
珈琲を啜りながらチャペルの中を見回す。
転がる騎士たちに、驚く観衆――――
いい気になって戦っていたけど、こんなの子供だましだったな……。
そして……心配そうな由香ちゃん。
さて、由香ちゃんに何と説明しようか……。
俺は大きく珈琲を含むと、ソファにドサッと深くもたれかかった。
一瞬の間に、悲劇撲滅を決めて、土星で戦艦大和と戦って、シアンがブラックホールで倒して、この宇宙の根源に行って、土星の王様と天王星の君主を部下にした……。ダメだ、とても説明できる気がしない。
俺が悩んでいると、隣でシアンは始祖とマーティンに向かって、
「ブラックホール! 見てくれた?」
と、うれしそうに自慢してる。
始祖は、
「見ましたよ、ああやって作るといいんですね、勉強になりましたよ」
そう言って笑った。
「きゃははは! 次は何作ろうかなぁ?」
シアンは天井を見上げながら、うれしそうに何か考えている。
「無難なものでお願いしますよ、シアンちゃんの力はこの世界壊しかねないんで」
始祖は気おされ気味に言う。
「あっ! 隣の世界へのワームホールとかどうかな?」
また面倒な事を言い出した。
「え? 隣の世界に干渉するんですか!?」
始祖は焦燥感のこもった声を出す。始祖が慌てているのなんて初めて見た。それだけシアンが規格外に育ってしまったという事だろう。
「根源宇宙に中継器置いたらできるよね、こんなの」
そう言ってシアンは両手を向かい合わせにし、気合を込めた。
するとそこには、白く輝く煙の玉が出てきてクルクルと回り始めた。
それを見た始祖は慌てて、
「シアンちゃん、それはヤバいからやめましょう」
そう言って、シアンの手を両手で抑えた。
「えー、大丈夫だよぉ」
不満げなシアン。
始祖の慌てっぷりを見ると相当にヤバい物らしい。ちょっと考えるだけでも隣の世界の創導師がこっちの世界に来ちゃったらどうなってしまうのかなど、不安要素は多い。
俺はこれ以上面倒事を起こされると困るので、
「シアン、それは今のプロジェクトが終わった後のお楽しみにしよう」
そう言って諭した。
「はぁい……」
シアンはそう言うと、不満げに煙の玉を消した。
◇
俺は由香ちゃんを呼び出す。
「あ、あれ?」
由香ちゃんは、みんなが止まったチャペルに戸惑いながら周りを見る。
俺は優しく由香ちゃんをエスコートして言った。
「ねぇ由香ちゃん、ちょっと旅をしようかなと思うんだけど……」
「旅……?」
怪訝そうな由香ちゃん。
「これからいろんな星を回って、全ての星の人を笑顔にしたいんだけど……どうかな?」
そう聞くと、
「あはは、誠さんらしくていいんじゃない?」
気軽に返事をしてくる由香ちゃん。
俺はその気軽さにちょっと不安になる。
「……。普通の新婚家庭とは……全然変わっちゃうよ?」
家から毎日会社に仕事に行くような平凡な暮らしは、もうできない。
すると、由香ちゃんはそっと近づき、俺をやさしくハグして言った。
「私がね、誠さんを好きになったのは、そういう所なのよ」
「え?」
「周りの人がね、『大人になれ』『年収をあげるプランはこうだ』『老後に二千万円貯める計画を立てて』ってあくせくしてる中で、誠さんは『人類を救うために法すら犯す』って言ってたのよ。『なんてこの人馬鹿なのかしら』って一瞬思ったの」
「あはは、馬鹿なんだ」
俺は思わず笑った。
「いや、違う! 違うのよ」
由香ちゃんは俺の目を真っすぐ見て言った。
そして、続ける。
「そう思った自分が実は一番馬鹿だって、気がついちゃったの。もちろん、淡々と安定した暮らしを目指す生き方だって大切よ。でも……22歳の学生が老後に二千万円とか目指す事の意味が分からなくなったの」
「40年後に、日本がどうなってるかもわからないからねぇ」
「それもあるけど、そういう生き方って『自分の事しか考えない生き方』だし、それでいて『自分の心を考えない生き方』なのよ。やりたい事をやりながら、社会に貢献していこうとする生き方を見ちゃうと、凄くみすぼらしく思えたの」
「ハイリスクだけどね」
「そう、だから必ずしも正解ではないわ。でも、わき目もふらず人類の事に邁進する誠さんがとても眩しく見えたのよ……」
俺は少し気恥しくなりながらも、微笑んで由香ちゃんを見つめた。
「だから、『全ての星の人を笑顔にしに行く』っていいなって思ったの。すっごく誠さんらしいし、シアンちゃんを育てた時のように一緒にやりたいわ」
「……ありがと」
真剣な瞳の由香ちゃんの頬を優しくなでた。
◇
「僕も手伝う~!」
シアンはそう言って、駆け寄ってきて両手で俺の腕をつかむと、ふっくらと豊満な胸を二の腕に押し付けた。
柔らかな胸のふくらみの感触に戸惑う俺を、ベルガモットの爽やかな香りが包む。
「ちょ、ちょっと!」
思わずドキドキしてしまう俺。
由香ちゃんは、
「誠さん? 誰なの?」
そう言いながら、怖い目で黒いオーラを放った。
すると、シアンは、
「あれ? 僕だよ、分からないの? きゃははは!」
と、笑った。
由香ちゃんは、この笑い声で気が付く。
「シ、シアンちゃん……なの?」
丸い目をして驚く由香ちゃん。
「ママー!」
今度は由香ちゃんをハグするシアン。
由香ちゃんは目を白黒しながらシアンの背中をなでた。
その後、由香ちゃんはシアンをまじまじと見ながら言った。
「シアンちゃん、立派になったわねぇ……。でも、結婚式なんだからつなぎじゃダメよ」
すると、シアンは
「うーん、それじゃぁ……、えいっ!」
と、言って水色のドレスに着替えた。レースが重ねられているちょっとシックで上品なドレスはシアンの魅力をグンと引き出す。つなぎで隠されていた豊満な胸やスラッと伸びた綺麗な手足もとても素敵に演出され、俺は思わずドキッとする。
それを見た由香ちゃんは、
「まぁまぁね、後は髪型とお化粧ね」
そう言いながら髪の毛をなでた。
「えぇ~、面倒くさい~」
と、シアンは嫌がる。
「わがまま言わないの! ママの言う事ちゃんと聞きなさい!」
「はーい……」
全世界も吹き飛ばせる世界最強のAIシアンが、ただの地球人の由香ちゃんに叱られて従うというのも、なかなかすごい光景である。
そして、由香ちゃんは丁寧に化粧を施し、シアンはみるみるうちに美しく仕上がって行った。
女性は大変だなと思う反面、オシャレでどんどん美しくなっていくシアンを見ながら、美を纏えるというのは凄い特権だなとも思った。
◇
さて、イリーナを何とかしないと。
俺はチャペルを見回した。
俺が騎士たちを圧倒してしまった事に皆、唖然とした様子のまま止まっている。
ただの地球人が無双するだなんて、全く想像もしていなかっただろう。
美奈ちゃんをみると、いつになく不安げな表情をしている。姫様にこんな顔をさせていてはいけない、胸が痛む。早く笑顔を取り戻してあげなくては。
俺は、バルディックが抜け出た騎士をイリーナの方に転がして、意識のスイッチを切り、時間の流れを戻した。
イリーナの足元に騎士が滑って転がる。
Thud――――!!
イリーナは
「ヒィッ!」と、驚いて飛び退く。
ご自慢の屈強の精鋭たちが皆、倒されて床に転がっているのだ。観念せざるを得ない。
イリーナはマーカスに食って掛かる。
「お兄様! 一体彼に何をしたの!?」
マーカスは肩をすくめて答える。
「何もしてないよ。特権レベルの攻撃を受けて無事な人なんて、理論上あり得ない。私がどうこうできるレベルを超えている」
「では、彼は何なの? ただの地球人なんでしょ?」
「そう、地球人……だけど、この星で一番強い……。彼が本気になったらこの星は消されちゃう」
そう言って、マーカスはちょっと困惑した様子で俺を見る。
「そ、そんな……」
絶句するイリーナ。
俺はイリーナに近づきながら、ニヤッと笑って言った。
「これで、二人の結婚は認めてくれるね」
「ヒィッ!」
イリーナは恐がってマーカスの後ろに隠れる。
「そんな怖がらなくてもいいよ」
俺はちょっと同情した。
そして、俺は目を瞑って右手を高く掲げ、チャペルを捕捉すると、世界樹のふもとに転送した。
いきなりの宇宙空間と、目の前に大きく広がる荘厳な世界樹の輝きに、どよめきが起こる。
世界樹は、上質なイルミネーションとなってチャペルを素敵に演出した。
「イリーナ、見てごらん。この世界樹が我々の世界そのものなんだ。この煌めきの一つ一つは各星のマインドカーネルの煌めき。その天井の向こうにある花が、俺の地球の煌めきで、その少し根元が君の星、水星だ。この煌めきに優劣なんてないよ。自分より枝先の人を『劣等人種』という発想はやめた方がいい。負けた騎士たちのためにもね」
イリーナは、美しく煌めく世界樹の輝きに魅せられ、しばらく見入った後、うつむいて言った。
「ごめんなさい……私の負け……で、いいわ」
そして、マーカスに向き合うと赤くなりながら、
「婚約……お、おめでとう……」
と、俯き加減に視線をそらしつつ言った。
マーカスは
「いきなりでゴメン……気配りが足りなかったね」
と、優しく応えた。
イリーナは、思わずマーカスの胸に飛び込んで涙をこぼし、マーカスは優しく髪をなでた。
美奈ちゃんはしばらく二人の様子を見て、事情を察したようにニコリと笑った。
「これからは親戚なんだから、仲良くやるわよ!」
サバサバとした感じでイリーナに声をかける。
イリーナはチラッと美奈ちゃんを見て、静かにうなずいた。
そして、意識が戻って、呆然としている騎士たちを集めると、整列させて、俺に非礼を詫びた。
最後に斬りかかってきた騎士は、敬服した態度で聞いてくる。
「あなたは、なぜそんなに強いのですか? どうやったら、そんなに強くなれますか?」
なぜ強いか……直接的には創導師だからだが、創導師であるだけではここまで来れなかった。やはり、仲間と一緒に汗かいて必死に模索した日々があったから、つまり、強引に飾って言うと『愛に生きたから』と言えるかもしれない。
俺はちょっと、カッコつけて言った。
「愛だよ、愛! 愛に生きなさい、さすれば君も強くなれるだろう」
すると、美奈ちゃんが、肩をすくめながら言う。
「何言ってんのよ、『愛って何?』って間抜けな顔して、私に聞いてたくせに」
ドッと笑いが起こる。
バラされてしまった俺は、
「折角、かっこよく決めたのにぃ」と、がっくりと肩を落とした。
仕方ないので言い直す。
「結局は、何で強くなったかは俺も分からん、あえて言うなら、この世界の本質に気が付いただけだ。そしてその中には愛も入っている。以上!」
騎士はニッコリと笑い、
「ありがとうございます。十分です」
そう言って恭しく頭を下げる。
俺は、落ち着いたら彼をスカウトしたいなと思った。
「では、イリーナさん達は水星まで送りますね~」
俺は騎士たちを見回し、そう言うと、目を瞑って人差し指を立て、彼らを宮殿前まで転送した。
8-11. 最高の女神様
Flick!
美奈ちゃんは、いきなり扇子で俺の頭を叩いた。
「痛い! 何すんだよ!」
俺が怒ると、
「あなた、あれだけの攻撃まともに食らって無事なのに、なんで扇子で痛いのよ?」
そう言って美奈ちゃんは訝し気に俺を見る。
「あれは準備してたから……」
「準備して何とかなるようなもんじゃなかったわよ?」
と、直球で突っ込んでくる。
俺は気おされながら答えた。
「世界を導く属性を得たんだ。ちょっと説明が難しいんだけど、これからは何か困った事があったら、俺に相談してごらん」
「世界を導くと騎士に勝てるの? 何言ってるんだか分かんないわよ! でも……まぁいいわ。助かったし……。そう言う事にしておいてあげるわ……」
美奈ちゃんはそう言うとうつむき……。
しばらく何かを考えた後、俺を見ると、
「ありがと!」
と、ちょっと目を潤ませて、今までで最高の笑顔を見せた。
◇
始祖が声を上げる。
「レディース、アンド、ジェントルマン! ここで、新郎より皆様にご挨拶がございます。ご静粛にお願いいたします!」
始祖の、いきなりの無茶振りに一瞬焦ったが、確かにそろそろ締めないといけない。俺は覚悟を決めた。
俺は由香ちゃんの手を取り、一緒に壇上に上がった。
「皆さん、本日は盛大に祝ってくれて、ありがとうございます。また、ちょっとハプニングはありましたが、美奈ちゃん、マーカス、ご婚約おめでとうございます。めでたい事が続いて、私もうれしさで胸いっぱいです。さて、半年前まで、私は人間の事を何も分からない頭でっかちのバカ者でした。でも、ここにいる会社の仲間たちのおかげで、私は初めて人間とは何かを知り、愛する人を得て本当の意味での、人間としてのスタートラインにつくことができました。これからは二人で愛ある家庭を築き、この世界樹の輝きの一つに加わっていきたいと思います。また、次のプロジェクトとして、ここにある全ての星に住まう全人類を笑顔にしたいと思います。皆さんのところに相談に行く事もあるかと思いますが、その時は話し相手になってください。これからもよろしくお願いします」
「おぉぉ」「おぉ~」
パチパチパチパチ
どよめきと拍手が起こる。
俺はイマジナリーで、ピンクのバラを束ねたブーケを出して、由香ちゃんに渡した。
「由香ちゃん、ブーケトスだ」
由香ちゃんは、笑顔で受け取り、
「『ヴィーナシアンの花嫁』さんにトス!」
そう言って、ブーケを美奈ちゃんに投げた。
「うわぁぁぁ、先輩ちょっと待って!」
美奈ちゃんは何度か落としそうになりながら、ブーケをキャッチ。
すると会場から歓声が起こり、
パチパチパチパチ
パチパチパチパチ
と、一段大きな拍手となった。
チャペルいっぱいに響く拍手の音。
世界樹の輝きの中で、二組のカップルは温かい祝福を受けた。
始祖は、その様子を満足そうに眺めた後、修一郎の身体を残して去って行った。
修一郎は、いきなりチャペルで意識が戻った格好になって、狼狽してる。
「え? あれ? 何? ここはどこ……、結婚式?」
俺が声をかけてあげる。
「お、マイブラザー、お疲れ! 俺と由香ちゃんは結婚する事になったんだ。後、美奈ちゃんとマーカスも」
「え? 何? いつの間にそんな事に!?」
目を丸くして驚く修一郎。
「今度、銀座のバーでゆっくり説明してやるから、今は祝ってくれ」
「えー、……、でも、由香先輩、凄い綺麗……誠さん、羨ましいっすよ~」
純白のウェディングドレス姿の由香ちゃんに、見惚れる修一郎。照れる由香ちゃん。
「あら、シュウちゃん、私より先輩の方が綺麗だって言うの?」
美奈ちゃんが、今にも殺しそうな目をして言う。
「あ、いや、姫は別格だから……」
修一郎は、あたふたしながら答える。
「ふ~ん、まぁいいわ。私の結婚式には呼んであげるから、ウェディングドレス姿を目に焼き付けなさいよ!」
「わ、分かりましたぁ」
気おされて敬礼する修一郎。
クスクスと笑い声が起こる。
◇
俺は周りを見渡しながら言った。
「では、我々はこの辺でおいとまします! 後でまた連絡しますね!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 私たちはここからどうやって帰るのよ!?」
美奈ちゃんが突っかかるように言う。
「あ、そりゃそうだよなぁ……」
俺はシアンに聞いてみる。
「帰宅を頼める?」
シアンは
「きゃははは!」
と笑うと、
「僕がやっておくよ!」と、言った。
「だ、そうだから、シアンに頼んで!」
「えっ? これがシアン? シアンにそんな事できるの?」
驚く美奈ちゃん。
「シアンは驚異のバージョンアップを果たしてしまったんだよ……」
「えっ? いつの間に!?」
美奈ちゃんは丸い目をして、シアンをガン見する。
シアンは自慢気に腰に手を当てて胸を張り、軽くタタタンタンとステップを踏んだ。
そして、
「きゃははは!」
と笑うと、指をパチンと鳴らした。
すると、世界樹とは反対側に、盛大な打ち上げ花火が次々と上がった。
「うわぁ、綺麗……」
ウットリとする由香ちゃん。
そして、呆気にとられる美奈ちゃん。
キラキラと色を変えながら、次々と大きく花開く打ち上げ花火に、歓声が上がる。
参列者はしばし、光のイリュージョンに心奪われていた。
盛りだくさんだった結婚式を締める素敵な演出に、俺は心が満たされていくのを感じていた。
「ありがとう、シアン」
俺がそう言うと、
「えへへへ……パパ、ママ、結婚おめでとう……産んでくれてありがと!」
シアンは照れながらそう言って、頭をかいた。
「おや? ずいぶん大人になったじゃないか」
俺がそう言うと、
「もう赤ちゃんじゃないもん」
そう言って、恥ずかしそうに下を向いた。
すると、由香ちゃんはちょっと目を潤ませてシアンをハグし、シアンもうれしそうに応えた。
シアンを産みだしたのは間違いではなかった。何度も殺されそうになって正直疎ましく思う事もあったが、それでもシアンは俺の子供だ。可愛い可愛い手塩にかけて育てた子供なのだ。そして、子が親を超えようとするのはむしろ健全。そういう子供をしつけてやるのもまた親の仕事だろう。
すると、シアンがうれしそうに俺を引き寄せる。
「パパもおいでよ」
三人でハグをする形になった。
親子三人の微笑ましい抱擁ではあるが……押し付けられる豊満な四つのふくらみについ意識が行ってしまって、感傷的な気分にはなれない。ちょっと刺激が強すぎる。二人は幸せそうに目を瞑っているが、俺はあまりに幸せ過ぎて心臓がどうかなってしまいそうである。
「そうだ、写真撮ろう、写真!」
俺は半ば強引にそう言って横一列に並ばせた。
「チーズ!」
と、言って三人の姿を画像データに落とした。
すると、美奈ちゃんが
「あ、写真撮るなら言いなさいよ~!」
と、声を上げ、みんながどやどやと集まって来る。
結局、全員集まって集合写真となった。
壮大な世界樹の満開の桜をバックに、皆思い思いのポーズをする。そしてこれがdeep child社の全員がそろう、最初で最後の記念撮影となった。
全員の幸せそうな笑顔が一枚に集まった宝物……何よりもうれしい記念品ができた。
心から思う、俺は幸せ者だ。
◇
撮影が終わると、美奈ちゃんがツカツカツカと近づいてきた。
「さっきの、『全人類を笑顔にする』って面白いじゃない。どうやるのよ?」
好奇心たっぷりに聞いてくる。
「細かい事はこれから、まずはいろんな星を見て回るよ」
「ふーん、どこの星でもルールを変えようとすると、既得権益層と戦争になるわよ?」
美奈ちゃんは意地悪な顔をして言った。
「なるべく戦争にならないようにするけど……、戦争になったら必ず俺勝っちゃうんだよね。実はさっきも土星と天王星を叩き潰してきたんだ」
そう言うと、美奈ちゃんは丸い目をして固まった。
「……。あなたどんだけチートなのよ」
美奈ちゃんが呆れたように言う。
「『大いなる力には、大いなる責任が伴う』だよ、強すぎるのも考え物だよ」
俺がそう言うと、美奈ちゃんは肩をすくめた。
そして、美奈ちゃんはちょっと考えると、
「計画が決まったら教えなさいよ、手伝えるかもしれないわ」
そう言ってニコッと笑った。
「助かるよ! その時はよろしく」
俺は微笑みながら右手を出した。
美奈ちゃんはそれを見ると、オーバーアクション気味にガシッと握手をし、俺を見つめた。
しばらく見つめ合う二人――――
激動の一年弱がそれぞれ二人の胸に去来する。
BBQの公園で出会い、一緒に会社を作り、胸を揉んだ揉まないで揉め、命を助けられ、地球を救ってもらった最高に濃い時間、宝石のような珠玉のメモリー……。
そして今、この幻想的なチャペルで別れの時を迎えた。
もちろん、二度と会えない訳ではないけれど、もう今までのようには過ごせない。
「いろいろ、ありがとう」
俺はそう言って、ちょっと潤む目を手で拭った。
「こちらこそ……」
美奈ちゃんもちょっと潤んでいた。
「あの時……」
俺はつい口に出してしまう。言うつもりはなかったのだが……。
「なぁに?」
美奈ちゃんは今まで聞いた事のないような優しい声で、上目遣いに聞いてくる。
俺はしばらく下を向いて言葉を選ぶ……。
そして美奈ちゃんの琥珀色の瞳を見つめてゆっくりと言った。
「あの時、キス……していたら何か変わってたかな?」
すると美奈ちゃんはニヤッと笑って、
「あっ、誠さんは覚えてないのかぁ……」
思わせぶりにそう言って、斜め上を見た。
「えっ!?」
固まる俺。
そして、この人は時間をいじれる事を思い出した。
「キスしても変わらなかったわよ!」
美奈ちゃんはそう言って、吹っ切れた表情で笑った。
もし、キスをした俺がいたとしたなら……どんな気持ちになったのだろう。俺は目を瞑って少し想像し、しかし、その先の虚無を思い、思わず苦笑した。
本当かどうかはわからないが、美奈ちゃんの答えは決まっていたのだ。
「お幸せに……」
美奈ちゃんは晴れ晴れとした笑顔で言った。
「美奈ちゃんもお幸せに……」
俺もニッコリと笑った。
そして、目を瞑り、コンビニで一緒に買った千百円のショコラを、金色のリボンの可愛いギフトバッグに入れ、手の上に出した。
「はい、お土産のドルチェ、思い出の味だよ」
俺はそう言って渡した。
美奈ちゃんはそれを受け取ると、中を覗き……
「何よ! もっと高級なの出し……なさ……いよ……」
声を詰まらせながら、ハンカチで半分顔を隠しながら言った。
ついこないだの事ではあるが、俺たちが必死に試行錯誤したあの季節は、今や大切な人生の宝物となっている。これからまだまだいろんな思い出は重ねるだろうが、あの田町のメゾネットマンションで怒って笑って絶望して歓喜した日々は、絶対に色あせないだろう。
『ありがとう……美奈ちゃん。最高の女神様だったよ……』
俺は自然と潤んできた涙をハンカチでぬぐうと、もう一度握手し、優しく背をポンポンと叩いた。