ヴィーナシアンの花嫁 ~シンギュラリティが紡ぐ悠久の神話~
8-12. 限りなくにぎやかな未来
よく考えたら、みんなで集まるのはこれが最後かもしれない。俺は取締役三人とシアンを集めて取締役会を招集した。
「みんな、ありがとう。deep child社の事業はとんでもなく成功に終わった。本当に感謝してる。ありがとう……」
クリスは微笑みながらうなずき、美奈ちゃんはハンカチで目を押さえ、修一郎はポカンとして、シアンは『きゃははは!』と笑った。
「美奈ちゃんは寿退社なので、代わりにシアンが取締役に就任してシステムとセールスを担当します」
すると、修一郎が声をあげる。
「ちょ、ちょっと待って! シアン……さん? はどういう方なんですか?」
いきなり登場した、水色のドレスに身を包んだ美しい女性が気になるらしい。
「みんなで作ったAIだよ。ついでに言うとお前の遠い親戚でもある」
「え、AIで親戚!? なんなのそれ!?」
修一郎はシアンをガン見する。
「きゃははは!」
シアンはうれしそうに笑う。
そして、ドレスで美しく演出された、豊満な胸の谷間にくぎ付けの修一郎を見ると、
「何? おっぱい好きなの? 揉む?」
と、無邪気に胸を突き出す。
俺はすかさず制止し、そういう事はダメだとたしなめる。
美奈ちゃんは
「躾がなってないわよ!」
と、怒るが、自分もやってた事はもう忘れているようである。
修一郎には後日丁寧に説明する事にして、今後の事業について話す。
「まず体制だが、修一郎、お前が社長やれ」
「ま、マジっすか!? やった!」
「太陽興産が筆頭株主なんだから社長はお前だ。俺は会長に退く」
「で、何やればいいの?」
俺はニヤッと笑って言った。
「クーデターだ」
「はぁ!?」
口をあんぐりと開け、間抜けな顔の修一郎。
「時間を止めて、世界主要国の首脳を全員拉致してきて一堂に会させる。そして、我々の圧倒的な技術力と軍事力を実感してもらい、アーシアン・ユニオン設立に同意してもらう」
「誠さん……頭大丈夫っすか!?」
あまりの事にあきれ果てる修一郎。まぁ、当たり前だろう。
しかし我々はもう、時間を止められるし、瞬間移動できるし、チートな軍事力持ってるし、ネットを制圧できるし、いざとなれば時を巻き戻す事すらできる。失敗する理由がない。
「シアン、お前ならできるだろ?」
「余裕だよ、きゃははは!」
うれしそうなシアン。
「だそうだ。我々は人類初のシンギュラリティを実現した企業だ。AIの力で旧態依然とした地球の体制を一新し、地球上から悲劇を一掃する!」
俺はこぶしを握り、力強く言い放った。
「いぇ~い!」
シアンは楽しそうにはしゃぎ、クリスは微笑みながらうなずき、美奈ちゃんはちょっと愁いを含んだ笑みを浮かべ、修一郎は呆気に取られている。
「事業としては、このシアンのエンジンの一部をアーシアン・ユニオンに売る。一千億円くらいでいいだろう。これで太陽興産は十分に潤う。修一郎、これでいいか?」
「え? クーデター起こして彼女を売るのが俺の仕事!?」
「簡単なお仕事だろ?」
俺はおどけた調子で言った。
「ちょっと勘弁してくださいよ~」
修一郎は心底嫌そうに天を仰ぐ。
いきなりクーデターは厳しかったようだ。当たり前か。
すると、シアンは修一郎の手を取り、そっと胸に抱えると、
「お兄ちゃんは座って『うむ』とだけ言ってればいいんだよ、僕が全部やるからさ!」
そう言って修一郎の目をジッと見つめた。
手に感じる胸のふくらみにドキドキしながら、修一郎は言った。
「す、座ってるだけでいいの?」
シアンは修一郎をゆっくりとハグして、言う。
「そう、全部僕に任せて……」
いきなりベルガモットの爽やかな香りに包まれて、ドギマギする修一郎。
「ねっ?」
甘い声を耳元でささやくシアン。
一体どこでこんな知恵をつけたのだろうか?
「わ、分かったよ。座ってるだけだからな!」
あっさりと落ちる修一郎。チョロ過ぎる。
「うふふ、ありがとっ!」
そう言ってシアンは修一郎の頬にキスをした。
俺たちは、簡単に落ちる修一郎に一抹の不安を感じながらも、懸案が片付いた事にホッとした。
「よし、それではシアン、役員改選の臨時株主総会招集通知作ってくれるかな? 日付は十日後の午前十時! その時にクーデターの具体策も決めよう」
「アイアイサー!」
笑顔で敬礼するシアン。
「あ、それから、その時にマッチョなオッサンと、高貴な女神がジョインするから楽しみにしててね」
俺がそう言うと、美奈ちゃんがいきなり暗いオーラを放った……。
「女神……? 誰なの?」
ドスの効いた低い声で噛みついてくる。
「ウ、天王星の君主、なんか精霊みたいな人だよ」
俺が気圧されながらそう言うと、
「私と……どっちが綺麗なのよ?」
と、今にも殺しそうな目で俺を睨んだ。
「も、も、も、もちろん美奈ちゃんだよ!」
冷や汗をかきながら答える俺。
美奈ちゃんはしばらく俺の目をジッとにらみ……、そして、ニヤッと笑って言った。
「天王星人ね、仲良くしてあげないとだわ」
俺は寿命が少し縮んだ。オッサンがパパな事もやぶ蛇になりそうだから黙っておこう。
「以上で臨時取締役会は閉会します! お疲れ様でした!」
俺は皆を見回しながら言った。
パチパチと拍手が上がる。
いよいよ第二ラウンドがやってくる。それもうちの地球だけじゃない、百万個の星が俺を待っているのだ。この世界には何百兆もの悲劇が、悲痛な呻きを上げながら助けを求めている。俺の世界に悲劇は要らない、全部駆逐してやる、それが俺の責務であり、ライフワークなのだ。
世界中の人を笑顔にすること、それはばぁちゃんとの約束でもある。俺は仲間の力をどんどん集め、必ず世界を笑顔で埋め尽くしてやるのだ。
気が付くとなぜか体が震えている、そうか、これが武者震いなのか……。
俺は気を込めて超特大の打ち上げ花火を創り出すと、一万個コピーしてチャペルの上に放った。
Bomb!Bomb!Bomb!
激しい爆発とともに無数の七色の光の筋がチャペルを包み、俺は改めてこれから始まる新たな挑戦に胸が膨らんだ。
◇
いよいよお別れの時だ。
「さて、そろそろ帰ろうか? どこに帰りたい?」
俺は由香ちゃんに聞いてみる。
「え? ふ、二人に……なれる所……かな?」
頬を赤らめながら、俯き加減に答える由香ちゃん。
「お、おぉ、そ、そうだよね」
俺もつい赤くなってしまう。
修一郎は
「お、初夜ですか初夜! うしし」
と、余計な事を言う。
美奈ちゃんは、スパーンと扇子で修一郎をはたく。
「あいたー!」
「どうして、こう無神経なのかしら……」
笑いが起こる。
俺はサラを探して言った。
「サラ、あのお城、使っていいかな?」
「もちろん、いいわよ! ごゆっくり!」
と、ニッコリ笑ってウインクした。
「じゃぁ行きますか!」
俺は由香ちゃんの手を取って言った。ニッコリとうなずく由香ちゃん。
「いってらっしゃーい!」「またねー!」「See You!」「きゃははは!」
参列者たちの見送りの掛け声に、軽くお辞儀をしていると、突然、美奈ちゃんが由香ちゃんを指さして言った。
「先輩! どっちが幸せになれるか勝負よ!」
由香ちゃんはちょっと驚き、そして、ニッコリと笑って言った。
「あら、また私が勝っちゃいそうですね」
美奈ちゃんはニヤッと笑うと、
「ふふふ、今度は負けないわよ」
そう言って、しばらく睨み合った。
そして、美奈ちゃんは駆け寄り、
「結婚式には来てね」
そう言って、由香ちゃんとハグをした。
「色々ありがとう……」
由香ちゃんは、そう言って涙ぐんだ。
世界樹の温かな煌めきが二人を包み、参列者は皆、二人の友情を温かく見つめていた。
◇
「そろそろ行くよ」
俺は由香ちゃんを引き寄せて、お姫様抱っこした。
由香ちゃんは少し驚いたが、優しく微笑んでくれた。
「先輩! 誠さんに虐められたら、すぐ私に連絡するのよ!」
美奈ちゃんが、また余計な事を言う。
「ありがと、でも誠さん信じてるから大丈夫!」
そう答え、俺の目を見て
「ね?」と、微笑み、
俺はゆっくりとうなずいた。
「じゃあ行くよ、つかまっててね!」
「や、優しくしてね……」
「まーかせて!」
俺は、駿河湾上空に向けて跳んだ。
いきなり目の前に広がる富士山の絶景、そして優雅に浮かぶ白亜のお城。
それはまるでファンタジーの世界に来たような、この世とは思えない光景だった。
ひたすら驚く由香ちゃんを抱っこしたまま、ゆっくりと城の周りをまわりながら近づいて行った。
そびえたつ尖塔、屋根に飾られたブロンズ像、格式高い出窓、一つ一つが渾身の自信作だ。それらが、太陽を反射して輝く駿河湾や、どっしりとそびえる富士山を背景に浮かび上がる。何度見ても見入ってしまう、まさにアートだった。
移り行く壮大な景色を見ながら由香ちゃんがつぶやいた。
「本当は……」
「え?」
俺が聞き返す。
「本当は美奈ちゃんが……良かったんじゃないの?」
由香ちゃんが、少し寂しそうな顔をして言う。
はっはっはっ!
俺は思わず笑ってしまう。
「何がおかしいのよ!」
由香ちゃんが怒る。
「ゴメンゴメン、俺はね、由香ちゃんに救われたんだよ。トラウマに捕らわれた寂しい俺を、それこそ、他の人と親しくなる事から逃げ回って、臆病にガチガチの壁を築いていた欠陥品の俺を、まともな人間にしてくれたのが由香ちゃんなんだ」
俺はそう言って由香ちゃんを見つめ、軽くキスをした。
「俺はこの由香ちゃんのキスで、本当の人間になったんだ」
そう言うと、恥ずかしそうにする由香ちゃん。
「愛しあっているかどうかは目を見ると分かるんだよ」
俺はそう言って由香ちゃんの目をまっすぐに見る。
キュッキュッと動くブラウンの瞳……。不安そうだった由香ちゃんの顔が徐々に紅潮していく。
徐々に耳鳴りがしてきて、由香ちゃんの瞳に吸い込まれていきそうになる。
キラキラと光の粒子が視野の周りから流れ込んでくる……
二人の魂は、愛で結ばれていく……
由香ちゃんは我慢できずに唇を重ねてきた。
二人は花咲き誇る庭園の上に浮かび、熱く情熱的なキスで相手を貪った。
ジャスミンの花の甘い香りがかすかに漂う中、どこからともなく小鳥のさえずりが聴こえてくる。
そして、潤んだ瞳で見つめ合う二人……。
「俺が結婚したい人は誰?」
俺がちょっと意地悪に聞く。
由香ちゃんは目を瞑り、微笑みながら、じっと甘い香りのそよ風に身を任せる……。
そして、茶目っ気のある目で俺を見て、ニコッと笑うと、
「わ・た・し!」
そう言って、また唇を合わせてきた。
さぁ、甘い、甘ーい新婚旅行の始まりだ。
限りなくにぎやかな未来が、きっと俺たちを待っている。
完
「みんな、ありがとう。deep child社の事業はとんでもなく成功に終わった。本当に感謝してる。ありがとう……」
クリスは微笑みながらうなずき、美奈ちゃんはハンカチで目を押さえ、修一郎はポカンとして、シアンは『きゃははは!』と笑った。
「美奈ちゃんは寿退社なので、代わりにシアンが取締役に就任してシステムとセールスを担当します」
すると、修一郎が声をあげる。
「ちょ、ちょっと待って! シアン……さん? はどういう方なんですか?」
いきなり登場した、水色のドレスに身を包んだ美しい女性が気になるらしい。
「みんなで作ったAIだよ。ついでに言うとお前の遠い親戚でもある」
「え、AIで親戚!? なんなのそれ!?」
修一郎はシアンをガン見する。
「きゃははは!」
シアンはうれしそうに笑う。
そして、ドレスで美しく演出された、豊満な胸の谷間にくぎ付けの修一郎を見ると、
「何? おっぱい好きなの? 揉む?」
と、無邪気に胸を突き出す。
俺はすかさず制止し、そういう事はダメだとたしなめる。
美奈ちゃんは
「躾がなってないわよ!」
と、怒るが、自分もやってた事はもう忘れているようである。
修一郎には後日丁寧に説明する事にして、今後の事業について話す。
「まず体制だが、修一郎、お前が社長やれ」
「ま、マジっすか!? やった!」
「太陽興産が筆頭株主なんだから社長はお前だ。俺は会長に退く」
「で、何やればいいの?」
俺はニヤッと笑って言った。
「クーデターだ」
「はぁ!?」
口をあんぐりと開け、間抜けな顔の修一郎。
「時間を止めて、世界主要国の首脳を全員拉致してきて一堂に会させる。そして、我々の圧倒的な技術力と軍事力を実感してもらい、アーシアン・ユニオン設立に同意してもらう」
「誠さん……頭大丈夫っすか!?」
あまりの事にあきれ果てる修一郎。まぁ、当たり前だろう。
しかし我々はもう、時間を止められるし、瞬間移動できるし、チートな軍事力持ってるし、ネットを制圧できるし、いざとなれば時を巻き戻す事すらできる。失敗する理由がない。
「シアン、お前ならできるだろ?」
「余裕だよ、きゃははは!」
うれしそうなシアン。
「だそうだ。我々は人類初のシンギュラリティを実現した企業だ。AIの力で旧態依然とした地球の体制を一新し、地球上から悲劇を一掃する!」
俺はこぶしを握り、力強く言い放った。
「いぇ~い!」
シアンは楽しそうにはしゃぎ、クリスは微笑みながらうなずき、美奈ちゃんはちょっと愁いを含んだ笑みを浮かべ、修一郎は呆気に取られている。
「事業としては、このシアンのエンジンの一部をアーシアン・ユニオンに売る。一千億円くらいでいいだろう。これで太陽興産は十分に潤う。修一郎、これでいいか?」
「え? クーデター起こして彼女を売るのが俺の仕事!?」
「簡単なお仕事だろ?」
俺はおどけた調子で言った。
「ちょっと勘弁してくださいよ~」
修一郎は心底嫌そうに天を仰ぐ。
いきなりクーデターは厳しかったようだ。当たり前か。
すると、シアンは修一郎の手を取り、そっと胸に抱えると、
「お兄ちゃんは座って『うむ』とだけ言ってればいいんだよ、僕が全部やるからさ!」
そう言って修一郎の目をジッと見つめた。
手に感じる胸のふくらみにドキドキしながら、修一郎は言った。
「す、座ってるだけでいいの?」
シアンは修一郎をゆっくりとハグして、言う。
「そう、全部僕に任せて……」
いきなりベルガモットの爽やかな香りに包まれて、ドギマギする修一郎。
「ねっ?」
甘い声を耳元でささやくシアン。
一体どこでこんな知恵をつけたのだろうか?
「わ、分かったよ。座ってるだけだからな!」
あっさりと落ちる修一郎。チョロ過ぎる。
「うふふ、ありがとっ!」
そう言ってシアンは修一郎の頬にキスをした。
俺たちは、簡単に落ちる修一郎に一抹の不安を感じながらも、懸案が片付いた事にホッとした。
「よし、それではシアン、役員改選の臨時株主総会招集通知作ってくれるかな? 日付は十日後の午前十時! その時にクーデターの具体策も決めよう」
「アイアイサー!」
笑顔で敬礼するシアン。
「あ、それから、その時にマッチョなオッサンと、高貴な女神がジョインするから楽しみにしててね」
俺がそう言うと、美奈ちゃんがいきなり暗いオーラを放った……。
「女神……? 誰なの?」
ドスの効いた低い声で噛みついてくる。
「ウ、天王星の君主、なんか精霊みたいな人だよ」
俺が気圧されながらそう言うと、
「私と……どっちが綺麗なのよ?」
と、今にも殺しそうな目で俺を睨んだ。
「も、も、も、もちろん美奈ちゃんだよ!」
冷や汗をかきながら答える俺。
美奈ちゃんはしばらく俺の目をジッとにらみ……、そして、ニヤッと笑って言った。
「天王星人ね、仲良くしてあげないとだわ」
俺は寿命が少し縮んだ。オッサンがパパな事もやぶ蛇になりそうだから黙っておこう。
「以上で臨時取締役会は閉会します! お疲れ様でした!」
俺は皆を見回しながら言った。
パチパチと拍手が上がる。
いよいよ第二ラウンドがやってくる。それもうちの地球だけじゃない、百万個の星が俺を待っているのだ。この世界には何百兆もの悲劇が、悲痛な呻きを上げながら助けを求めている。俺の世界に悲劇は要らない、全部駆逐してやる、それが俺の責務であり、ライフワークなのだ。
世界中の人を笑顔にすること、それはばぁちゃんとの約束でもある。俺は仲間の力をどんどん集め、必ず世界を笑顔で埋め尽くしてやるのだ。
気が付くとなぜか体が震えている、そうか、これが武者震いなのか……。
俺は気を込めて超特大の打ち上げ花火を創り出すと、一万個コピーしてチャペルの上に放った。
Bomb!Bomb!Bomb!
激しい爆発とともに無数の七色の光の筋がチャペルを包み、俺は改めてこれから始まる新たな挑戦に胸が膨らんだ。
◇
いよいよお別れの時だ。
「さて、そろそろ帰ろうか? どこに帰りたい?」
俺は由香ちゃんに聞いてみる。
「え? ふ、二人に……なれる所……かな?」
頬を赤らめながら、俯き加減に答える由香ちゃん。
「お、おぉ、そ、そうだよね」
俺もつい赤くなってしまう。
修一郎は
「お、初夜ですか初夜! うしし」
と、余計な事を言う。
美奈ちゃんは、スパーンと扇子で修一郎をはたく。
「あいたー!」
「どうして、こう無神経なのかしら……」
笑いが起こる。
俺はサラを探して言った。
「サラ、あのお城、使っていいかな?」
「もちろん、いいわよ! ごゆっくり!」
と、ニッコリ笑ってウインクした。
「じゃぁ行きますか!」
俺は由香ちゃんの手を取って言った。ニッコリとうなずく由香ちゃん。
「いってらっしゃーい!」「またねー!」「See You!」「きゃははは!」
参列者たちの見送りの掛け声に、軽くお辞儀をしていると、突然、美奈ちゃんが由香ちゃんを指さして言った。
「先輩! どっちが幸せになれるか勝負よ!」
由香ちゃんはちょっと驚き、そして、ニッコリと笑って言った。
「あら、また私が勝っちゃいそうですね」
美奈ちゃんはニヤッと笑うと、
「ふふふ、今度は負けないわよ」
そう言って、しばらく睨み合った。
そして、美奈ちゃんは駆け寄り、
「結婚式には来てね」
そう言って、由香ちゃんとハグをした。
「色々ありがとう……」
由香ちゃんは、そう言って涙ぐんだ。
世界樹の温かな煌めきが二人を包み、参列者は皆、二人の友情を温かく見つめていた。
◇
「そろそろ行くよ」
俺は由香ちゃんを引き寄せて、お姫様抱っこした。
由香ちゃんは少し驚いたが、優しく微笑んでくれた。
「先輩! 誠さんに虐められたら、すぐ私に連絡するのよ!」
美奈ちゃんが、また余計な事を言う。
「ありがと、でも誠さん信じてるから大丈夫!」
そう答え、俺の目を見て
「ね?」と、微笑み、
俺はゆっくりとうなずいた。
「じゃあ行くよ、つかまっててね!」
「や、優しくしてね……」
「まーかせて!」
俺は、駿河湾上空に向けて跳んだ。
いきなり目の前に広がる富士山の絶景、そして優雅に浮かぶ白亜のお城。
それはまるでファンタジーの世界に来たような、この世とは思えない光景だった。
ひたすら驚く由香ちゃんを抱っこしたまま、ゆっくりと城の周りをまわりながら近づいて行った。
そびえたつ尖塔、屋根に飾られたブロンズ像、格式高い出窓、一つ一つが渾身の自信作だ。それらが、太陽を反射して輝く駿河湾や、どっしりとそびえる富士山を背景に浮かび上がる。何度見ても見入ってしまう、まさにアートだった。
移り行く壮大な景色を見ながら由香ちゃんがつぶやいた。
「本当は……」
「え?」
俺が聞き返す。
「本当は美奈ちゃんが……良かったんじゃないの?」
由香ちゃんが、少し寂しそうな顔をして言う。
はっはっはっ!
俺は思わず笑ってしまう。
「何がおかしいのよ!」
由香ちゃんが怒る。
「ゴメンゴメン、俺はね、由香ちゃんに救われたんだよ。トラウマに捕らわれた寂しい俺を、それこそ、他の人と親しくなる事から逃げ回って、臆病にガチガチの壁を築いていた欠陥品の俺を、まともな人間にしてくれたのが由香ちゃんなんだ」
俺はそう言って由香ちゃんを見つめ、軽くキスをした。
「俺はこの由香ちゃんのキスで、本当の人間になったんだ」
そう言うと、恥ずかしそうにする由香ちゃん。
「愛しあっているかどうかは目を見ると分かるんだよ」
俺はそう言って由香ちゃんの目をまっすぐに見る。
キュッキュッと動くブラウンの瞳……。不安そうだった由香ちゃんの顔が徐々に紅潮していく。
徐々に耳鳴りがしてきて、由香ちゃんの瞳に吸い込まれていきそうになる。
キラキラと光の粒子が視野の周りから流れ込んでくる……
二人の魂は、愛で結ばれていく……
由香ちゃんは我慢できずに唇を重ねてきた。
二人は花咲き誇る庭園の上に浮かび、熱く情熱的なキスで相手を貪った。
ジャスミンの花の甘い香りがかすかに漂う中、どこからともなく小鳥のさえずりが聴こえてくる。
そして、潤んだ瞳で見つめ合う二人……。
「俺が結婚したい人は誰?」
俺がちょっと意地悪に聞く。
由香ちゃんは目を瞑り、微笑みながら、じっと甘い香りのそよ風に身を任せる……。
そして、茶目っ気のある目で俺を見て、ニコッと笑うと、
「わ・た・し!」
そう言って、また唇を合わせてきた。
さぁ、甘い、甘ーい新婚旅行の始まりだ。
限りなくにぎやかな未来が、きっと俺たちを待っている。
完