変態御曹司の飼い猫はわたしです
 ある朝、一ノ瀬さんが忘れ物をしていることに気づいた。

 朝食後のテーブルに今日の会議の資料だと言っていた封筒が置いたままになっていたのだ。一ノ瀬さんに電話したが、出ない。会議で必要だったらいけないと思い、届けることにした。

 ふと考えてみると、一ノ瀬さんの豪邸周辺ではない外出は、これが初めてだった。

 地理的に不安もあったが、なんとか一ノ瀬コーポレーションの最寄駅にたどり着いた。そして、もうすぐ本社ビルに着きそうになった時、携帯が震えた。

「もしもし」
『タマちゃん? どうした?』

 私からの着信に気づいた一ノ瀬さんが、折り返してくれたようだ。

「テーブルの上に会議の資料が置いたままだったので、お届けに上がろうかと思っていたのですが」
『あぁ、もう頭の中に入れちゃったから大丈夫だよ。……もしかして届けてくれようとしてた?』
「……はい。実はもう会社の近くにいて……。でも忘れ物じゃなくてよかったです! お買い物でもして帰ります!」

 早とちりだったことが判明し、何となく気まずくて、さっと電話を切った。
 残念な気分になりながら駅の方へ戻ろうと後ろを振り返った、その時。

「!」

 真っ直ぐこちらをじっと見ている人物に気づいた。
 忘れるはずのない、二度と会いたくなかった人物。思わず逆方向に走り出す。

(どうしようどうしよう……!)

「タマちゃん!!」
「!」

 何故か焦ったように私を探す一ノ瀬さんが居た。知らぬ間に、一ノ瀬さんの会社のビルの方へ走ってきたようだ。周りを見回したが、もうその人はいなかった。

「大丈夫?」
「……あ、すみません」
「震えてる」

 一ノ瀬さんは安心させようと思ったのだろう。私を優しく抱き締めた。 
 
 だが、私はその温かい胸板を、思わず突き返してしまった。

(あ……)

 自分で突き離したはずなのに、離れていく温もりに同時に残念な気分になる。そしてはっと一ノ瀬さんの顔を見ると、酷く驚いた顔をしていた。

「ご、ごめんなさい! あの、私!」
「気にしていないよ。大丈夫。さぁ、帰ろう。車を用意するから一緒に行こう」
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