変態御曹司の飼い猫はわたしです
「一ノ瀬さん、あの、お聞きしたいことが……」
その日の夜、一ノ瀬さんに直接聞いてみることにした。どう切り出したものかとドギマギしていると、察したように一ノ瀬さんが言った。
「あぁ、今日真里亜がカフェに行ったんだったね。ごめん、彼女に悪気はないんだ」
(真里亜……下の名前を呼ぶような、親しい仲なんだ……)
ストーカーのことを聞こうと思っていたのに、別のことが気になり始める。真理亜さんと一ノ瀬さんの関係は、社長と秘書以上の関係なんだろうか。
一ノ瀬さんは、あのレストランで出会った夜のこと、そしてここに連れてきてくれた経緯を教えてくれた。
「あの日、レストランの近くに怪しい男性がいて、君を見ていた。声をかけると逃げていったけど、君は気付いていないようだったし、火事に遭って大変そうだったからホテルに匿うことにしたんだ。レストランで一人で食事させなかったのも、その男性がまだうろついていたらいけないと思ってね」
「そう、だったんですか」
「バーで君と話していたら、セクハラにあって仕事を辞めてきたと聞いて、もしかしたら、と思った。僕のレストランの食事を、あんなに美味しそうに食べてくれた君が、……すごく気に入って。僕の家で匿ってあげたいと思ったんだ、守ってあげたいって。でも僕が『ウチに来る?』なんて、ナンパみたいなことしたら、やっぱりセクハラされたときのこととか思い出すかな、と思って」
苦肉の策で、猫扱いに。
「夜のうちに調べたら、タマちゃんを尾けていたのは、君が退職した会社の人間だと分かった。翌朝もホテルのラウンジにいてね。これはまずい、と思ったよ」
猫扱いされて、変態だと思っていた一ノ瀬さんが、実は私を守っていてくれたのだと知り、申し訳ない気分になる。
「そういえば、一ノ瀬さんの忘れ物を届けに行った、あの日も……」
「うん。あいつはタマちゃんの元上司だね?」
「……はい。私と両思いなのだと勘違いしていて、勤めているときは、迫られて……、辞める時も、逃げるのかって……っ」
曽根課長のことを思い出すと、呼吸が荒くなる。知ってか知らずか、一ノ瀬さんは私の背中をゆっくり撫でてくれた。
「思い出さなくていい。大丈夫だ、君は僕が守るよ。何も心配いらない」
でも……。真里亜さんのことは?
恋人がいないか聞いた時、一ノ瀬さんは、いるともいないとも答えなかった。『僕は独身だし、恋人はタマちゃんだよ』って誤魔化した。
もしかしたら、本当は真里亜さんとお付き合いしているのでは? 私が心配だから、保護してくれているだけなんじゃないか。
だとしたら、ずっと甘えるわけにはいかない。
私は、その日の夜、この家を出る決意をした。