変態御曹司の飼い猫はわたしです

 翌朝いつも通りに出勤し、十五時にカフェを出た。帰宅した後は、数日分の食事を作り置きして、冷蔵庫をパンパンにした。そして、「お世話になった分は働いて返します」と置き手紙に残す。

 曾根課長が本当にストーカーなら、私を探しているかもしれない。それならこの街を出て、実家に帰ろうと思った。

「もしもし、お母さん?」
『あら、珠希。久々ね、元気?』
「うーん、色々あってね。ちょっと聞いてほしいから、そっちに帰ろうかと思ってる」
『そう、じゃあご馳走用意しないとね! 楽しみにしてるわ』
「……うん」

 久々に聞く母の声は、何故か私の心をじんとさせた。自然と泣きたくなるのはなんでだろう。

『あ、そうそう。珠希の会社の曾根さんって人から連絡があったわよ。会社辞めたの?』
「!?」
『私物を忘れてるから届けますって言われたけど……』
「いつ?!」
『一昨日かしらね、週末にこっちに来てくださるって言うから、宅配便とか使って送ってくださいって言ったんだけど。なかなか強情な方ね。でも珠希が帰省するならちょうどいいわ』
「お母さん、その人に会っちゃダメ!! そ、その人、わ、私の、す、ストーカー、でっ」

 まさか実家にまで連絡していると思わなかった。急に怖くなる。この家を出て、実家にも帰れなくなったら。

『……警察には連絡したの?』
「証拠とかないし、私もつい最近まで気付いてなくて」
『分かった。じゃ、この家はしばらく留守にしましょう。私は姉さんの家にでも行くわ。珠希もおいで』

 同じ県内にある、母の姉、つまり私の伯母の家だ。従姉妹たちと同居していて、大所帯の家に、私まで転がり込むのは気が引けた。

「だ、大丈夫。今、匿ってくれている人がいて、安全だから」
『でも、珠希さっき帰るって』
「大丈夫! とにかく、曾根さんが来ても応対しちゃダメだよ」
『分かったけど……大丈夫?』
「うん!」

 心配をかけたくなくて、すぐ電話を切った。母は、父を亡くしてから、実家のあった静岡に私と引っ越し、それから女手一つで働いてくれた。苦労をかけた分、恩返しがしたいとずっと思っていたのに、退職したことも、ストーカーに遭ったことも知られてしまった。

「はぁ……」

 どうしたらいいんだろう。一ノ瀬さんに相談したくなる。でも、もう頼らないって決めた。とりあえずここを出て、遠い街で新しい家を探そう。そこまではきっと曾根課長も追いかけてこないはず。

 そして私は家を出たのだった。
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