変態御曹司の飼い猫はわたしです
「……いえ。怪我人が居なくて、大家さんもご無事でよかったです」
「そうね、珠希ちゃんも無事でよかったわ……。もうこのアパートはダメだと思うけど、保険には入ってるはずだし、また落ち着いたら連絡させてね」
大家さんは次々とその場にいた住人に頭を下げていた。大家さんの言う通り、古い木造アパートは黒く焦げついていて、もう住めないだろう。今日の宿泊先はもちろん、今後の家探しもしなくては。銀行のカードは手元の財布に入っているし、なんとかなるだろうか……。
煙が目に染みて天を仰いだ。そして、夜に近づく空の色ではっとする。
(もうすぐ予約した時間!?)
今日、私は五年勤めた会社を退職した。
その記念に、フレンチレストランを予約しているのだ。
会社から一度帰宅して、綺麗な格好に着替えてレストランに行く予定だった。だが、退職届を提出して家に帰ると、火事になっていたのだ。
絶望していても、仕方がない。
今日の服装は、グレーのパンツスーツ。肩より少し長い黒髪を、簡単に後ろで一つにまとめている。薄化粧の顔は、目が大きく童顔な為か幼く見られるが、これで入店できるだろうか。
だが、どうしてもあのレストランで食事がしたかった。私は大家さんに声をかけ、その場を後にした。