変態御曹司の飼い猫はわたしです
 駅に着いた時だった。

 その人は、笑っていた。

 少し離れていたが、真っ直ぐこちらを向いて「やっと見つけた」と口元が動いたのがわかる。逃げなければと思うのに、足も動かない。携帯を取り出さなきゃと思うのに、どこにかけたらいいかわからなかった。

 やっと動いた足は、思うように動かない。なんとか踵を返して走った。だが、すぐに捕まる。線路脇のフェンスに身体を押し付けられ、逃げられない。近くに通行人はおらず、恐怖で声も出せない。

「帰る家も、職場もないはずなのに、どこにいたの?」
「あ、あ、貴方に関係ありませんっ!!」
「へぇ。そんなこと言うんだ。俺のことが好きなくせに」

 いつ? そんなこと一度だって言ったことない! 怒りと恐怖で震えている。曾根課長は愉快そうに笑う。そして顔を近づけてきた。嫌悪感でいっぱいになり、思わず目を瞑って顔を背ける。

ドンッ!!

 衝撃音と同時に身体を引っ張られた。そして厚い胸板に抱擁される。思わず目を開けると、視界いっぱいに必死な顔をした一ノ瀬さんの顔があった。

「無事?! 何された?!」

 視界が滲む。助かった安堵感が心を満たしていく。曾根課長は佐藤店長が地面に押さえつけていた。後ろから、真里亜さんが警察に電話している声が聞こえる。

 助かった。怖かった。声にならないまま、涙になって溢れた。一ノ瀬さんの温もりが嬉しくてしがみつくと、遠慮がちだった彼の腕が、きつく私を抱き締めた。
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