変態御曹司の飼い猫はわたしです
 燃えたアパートから二駅離れたそこは、賑やかな繁華街だ。日が暮れて、夜に移り変わるこの時間は、街路樹が点灯して美しい通りに変身する。

 だが、今はそんな光景を楽しむ余裕もなかった。火事に遭い、どこか昂った気持ちのまま、真っ直ぐレストランまでの道を急ぐ。予約時間ギリギリだ。

 華やかな大通りに面したホテルの三十階にある、フレンチレストラン。随分前に訪れた時と、何一つ変わらぬ外観にホッとする。

「すみません、今日予約していた三上と申しますが……」
「はい……三上様、ですね……。お待ちしておりました。お席へご案内いたします」

 少しだけ目を見開いた店員さんは、にこやかに私を案内してくれようとした。

 そこで、自分の非常識さにやっと気付く。

 よく見ればスーツのところどころに煤が付いているし、焦げ臭い匂いを身体全身がまとっている。急いだせいできっと髪もボサボサだ。

「あ、あの! 着替えるつもりだったんですが、自宅が火事になってしまって……! こんな姿で申し訳ありません!」

 思い切り頭を下げる。店員さんは慌てて声をかけてくれた。

「それはそれは! 大変でございました。さぞお疲れでしょう。当店のディナーで少しでもリラックスしていただければ良いのですが」

「いえ! 汚いですし匂いも……他のお客様のご迷惑になりますし、よく考えたら非常識でした。……あ、あの、やっぱり帰ります……」

「どちらへ?」
「え?」
「お帰りになる場所は燃えてしまったのでは?」

 先程から対応してくださっている店員さんではなく、後方から話しかけられた。
 ドキッとするようなバリトンボイスに、思わず振り向く。

 するとそこには、柔和な微笑みを浮かべた、極上のイケメンが立っていた。
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