変態御曹司の飼い猫はわたしです

 ブラウンの髪はきっちりと整えられ、すっと通った鼻筋に薄い唇はセクシーで。印象的な、くっきりとした瞳に見つめられて、私は硬直してしまった。
 ラグジュアリーな雰囲気を纏い、上質なスーツを着こなす大人の色気に、思わず見惚れてしまう。

「失礼。店先でお話されているのが聞こえたものですから」
「……あ、あの?」
「申し遅れました。私はこのレストランの責任者です」

 差し出された名刺には、一ノ瀬雅人(いちのせまさと)と書いてあった。

 なんと、一ノ瀬ホールディングスの社長で、このレストラン「ICHINOSE」も、一ノ瀬ホールディングスの直営レストランなのだそうだ。
 まさかの重役登場に恐縮していると、一ノ瀬さんが丁寧に提案してくださった。

「当ホテルにお部屋をご用意いたしますので、そちらでお召し物をお着替えいただくのはいかがでしょうか。火事に遭われてお困りであれば、今夜はそちらに泊まっていただいても構いません」

「そんな! そこまでお世話になるわけには」

「お困りのお客様を放っておくことはできません。それに、大変な中、予約を思い出してこのレストランに足を運んでくださったのでしょう? ならば是非、当店のディナーを召し上がっていただきたい」

 魅力的な提案に、帰ろうと思っていた気持ちが揺らぐ。

 非常識だと分かっているのに、思い入れのあるレストランだからこそ、心は揺らいでしまう。人気のレストランだ。今日を逃せば、次に予約できるのは数ヶ月先だろう。

「遠慮はしないでください。どうか今夜のディナーをご馳走させてくださいませんか?」

「……今日、どうしても、こちらのレストランで食事がしたかったんです。だから……お世話になります。……でも、お金はちゃんとお支払いします」

 少しだけ迷ったが、一ノ瀬さんのお世話になることにした。今までの貯金もある。このホテルの宿泊費は高そうだが、一日くらいならなんとかなるだろう。

 一ノ瀬さんは私の決意を聞いて、満足気に微笑んだ。
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