変態御曹司の飼い猫はわたしです

 ドキドキしながら料理を待っていると、美しい色合いの前菜が運ばれてきた。今日の前菜は海の幸と温野菜のサラダ。バジルソースがかけてあり、お洒落で美味しい。

 飲みやすいワインを勧められて、少しだけ口に含む。煤の匂いが鼻にこびりついていたので、ワインの良い香りに救われた。

 次は、パンプキンクリームスープ、そしてオマール海老のソテー。とても美味しい品々に思わず顔が綻ぶ。一ノ瀬さんは、過度にお喋りをせず、一緒に食事をしてくれているが、私の満足顔を見て嬉しそうに微笑んだ。

「とっても美味しいです」
「ありがとうございます。とても綺麗な所作でお召し上がりいただいて嬉しいです」
「いえ、全然。昔、こちらで食事をする為に、家族で特訓したことがあるんです」
「そうでしたか。……素敵なご家族ですね」

 このレストランで食事をするのは、二度目。以前来た時、私はまだ高校生だった。家族三人でこの辺りに暮らしていた頃だ。

(お父さんがまだ生きていた時だから、十年前かな)

 父は長く闘病生活をしていた。母は父の介護と仕事で忙しく、私はいつも家に一人。外食なんてしたことなかった。

 だが、ある秋の日、病状が悪化し残された時間があとわずかだと知った父は、主治医に頼み込んで、外出許可をもぎ取った。

 家族全員で着飾って、写真館に行き、家族写真を撮った。父は遺影を撮りたかったのだと母に後で教えられた。

 そして、父は最後に、このフレンチレストランのディナーを予約していた。

 泣いてばかりの家族が、笑い合って食事をした。幸せな時間だった。

 その三日後、父は旅立った。

 私は、父との最期の楽しかった思い出を、呼び起こしたかったのだ。
 上司からのセクハラとパワハラに耐え、辛いばかりで苦しかった日々を終えて、やっと退職できたお祝いに、このレストランで食事をしたかった。
< 9 / 37 >

この作品をシェア

pagetop