しみ





 目を開けて隣りを見ると、彼女はまだ眠っていた。


 涙の跡が残る目じりのまま静かに目を閉じていて、ああ、現実なんだと実感させられる。


 部屋の隅にまとめられた段ボール箱の山と、オレンジ色のキャリーバッグ。


 いつのまに、こんなにも物が増えていたんだろう。彼女とここで過ごした、たった1年のあいだに。


 部屋のいたるところにあったはずの思い出は全部箱に詰められて、まるで最初からそうだったみたいにはじっこの方に寄せられて。きっとこうやって彼女のことを忘れていくんだ。


 視線をそっと彼女に移すと、窓から漏れる光がまぶしかったのか瞼を少し震わせた。


 腕を彼女の方に伸ばして、少しだけ頬に触れてみる。


 『いつでもあったかいよね』と言いながら、僕の手を嬉しそうに握り返すいつかの彼女の笑顔が頭に浮かぶ。


 そんなことをつい思い出したりして、自分が泣いていい立場じゃないのはわかっているのに胸がつまる。


 失う、なんて感覚をまだ知らないからか、いつまでもこの時間が続く気がしてしまう。


 彼女がずっととなりにいる、そんな時間が。


 いつまでも続くはずだった。それを手放すと決めたのは自分なのに。



< 5 / 10 >

この作品をシェア

pagetop