送り犬さんが見ている

たまの休暇。歩き慣れた静かな山の中を、何も考えず一人で歩く…はずだった。
それなのに一体全体、どうしてこうなってしまったの。


「……………。」

私が力の限り走っても、その男は平気な顔で、歩幅を合わせて付いてくる。愉快そうな口調で話しかけながら。

「ーーー芙代(フヨ)さん、芙代さん。
あまり急ぐとすぐに疲労が溜まりますよ。
とは言え僕も走るのは好きです。こうして仲良く一緒に並んでいると、端から見れば夫婦(めおと)に見えるんでしょうか?」

「…………。」

どれだけ速く走って撒こうとしても、男はすぐに速さを合わせて、私の左隣を維持してくる。
二人分の履き物の音が、ザリザリザリ…と山道に鳴り響く。

「フヨさん?ねえフヨさん?
…ああそうか、心配してらっしゃるのか。
大丈夫、草むらからどんな動物や追い剥ぎが飛び出して来ても、僕が守ってあげますからね。」

「……っ!」

無視を決め込んでいたけどさすがに我慢の限界だった。
私は、今日一日ずっと執拗に後を付けてくるその男の方を振り返ると、喉が千切れるくらい声を張り上げた。


「…も、もう付いて来ないでこの、ちかん!!」


突然の大声に吃驚したのか、男は目を丸くして立ち止まり、

「…………フヨさん、」

そして急に真剣な顔になって、こんなとんでもないことを言ってのけた。


「仮に僕が痴漢だとしても、
それは貴女に対してだけだ。」

「……弁解になってない!!」


時は、半月ほど前まで遡る…ーーー。
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