送り犬さんが見ている
「フヨさん、疲れちゃいましたね。
頑張って歩きましたもんね。」
ふと、体が浮く感覚があった。
驚いて目を開ければ、私の体は九郎の大きな腕に抱え上げられていた。行きに、沢に運んだ時のように。
「…ち、ちょっと!」
舌を噛むのも忘れて、私はなんとか降りようともがく。
しかし九郎が上手いこと関節の辺りに腕を回しているため、自由に体が動かせない。
九郎はそのまま、帰り道をスタスタと歩き出した。
「フヨさんが僕を怖がるのは当然です。
得体の知れない男が急に“夫婦になりたい”なんて言ったら、気味悪いですよね。」
「わ、わかってるなら…!」
「でもあくまで僕の願い事なので、フヨさんに無理強いする気はないです。
ただフヨさんを無事に送り届けたいだけ。
それは信じてください。」
九郎の言葉は、ますます私を混乱させた。
どうしてそんなに特別に扱うのか、理由が分からないから。
「わ、私、あんたと会ったことないんでしょ…?
なんで“私”なの?今日偶然、たまたま見つけたから?」
「………厳密には、初めましてじゃないんです。
僕は貴女が大好きだけど、でも貴女の方には多分、何の感情も無いでしょうから。」
「え……?」
九郎が少し寂しげに肩を落とした。
そんな話をされても、身に覚えがない。こんなに印象深い人、一目見たらそうそう忘れるはずがないもの。
もしもこんな出会い方じゃなかったら、私は普通の娘みたいに夢中になっていたかもしれないもの。