送り犬さんが見ている
「人違い…よね…?
だって、私のことよく知らないでしょ…。」
「村岡殿の屋敷で下女奉公をされてるでしょう?11歳の頃から。
可哀想なことに、お父上とお母上は失踪。
貴女は帰る家を無くし、半年ごとにあの神社へお参りに行っている。」
九郎は淡々と私の素性を言い当てた。
今日が初めてじゃない。この男は私と会ったことがある。でも私にはその記憶が無い。
「…今こうして、お慕いしてる貴女に触れて、匂いを感じていることが嬉しいんです。
どうか何も聞かず、僕に送られてくれませんか?」
「…………。」
どうせ体の自由は利かないんだ。
九郎が本当に私を送り届けたいなら、私はそれに従うしかない。
それに、彼が次々と口にする「好き」という言葉。
それは私が今まで、誰からも向けられたことのない感情。不覚にも、その言葉に少し、ほだされてしまったんだ。
「……………。」
すっかり抵抗する気力を失ってしまった私を、九郎は一層大切に抱えて、徐々に暗くなっていく山道をひたすら歩いていく。