送り犬さんが見ている

すっかり夜の帳が下りた頃、抱えられる私の目に、見慣れた建物が映った。
提灯が灯ってる。あの大きな門扉は間違いなく、私が奉公する村岡屋敷だった。

本当に送り届けてくれた…。
あのまま全然知らない場所へ連れて行かれることも覚悟していたから、目の前の光景に驚きを隠し切れない。

「さあ、着きましたよ。お疲れ様でした。」

優しい笑顔で、九郎は私を地面に下ろしてくれた。

足の裏で地面の感触を確かめ、無事帰り着けたことに安堵しつつも…同時に小さな罪悪感が湧いてくる。

「…あの、九郎。
ごめんなさい私、疑って…。
それと、送ってくれてありがとう。」

得体は知れないけど、約束はちゃんと守ってくれた。
小さくだけど頭を下げると、九郎は嬉しそうに「ふふ」と笑う。

「そう言って貰えるなんて感激です。
でもね、フヨさん、」

そう言って、急に私の耳元に顔を寄せて来て、低い声で耳打ちした。

「…僕以外の男は、簡単に信用しちゃダメですよ。そのまま送り狼になる奴もいますからね。」

耳がぞわりとする。
驚いて固まる私をそのままに、九郎はパッと体を離し、楽しげな声でこう付け足した。

「まあ、僕が言うのも変な話ですけどね。」

「………ほ、本当よ……。」

九郎は笑顔を絶やさないで、私が屋敷の門扉をくぐるまで、ずっと後ろ姿を見送っていた。

その姿を見返して、私はやっぱりこう思うのだった。

本当に変な人だ…と。
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