送り犬さんが見ている
三
休暇2日目。
また日が昇るより早くに、私は屋敷を出る支度をした。その際、ちょっと屋敷の裏手を覗き、唯一の“友達”が来てやしないかを確認する。
戸を開けて辺りをキョロキョロ見渡すと、
「あ!黒(クロ)!」
少しばかり離れた草むらに、クロはいた。
ふかふかの黒い毛並み。耳をピンと立てた大きめの野良犬だ。くるんと丸まった尻尾を千切れんばかりに振って、小走りでこっちへ駆け寄って来る。
出会った頃はあんなに痩せ細って小さかったのに…。今の様子を見ると私まで嬉しくなって、念のため準備していた握り飯を見えるように振って迎える。
クロは私の膝の辺りに懐くように頭を擦り付ける。冷たい鼻をふんふんと鳴らし、私の手や顔の方をしきりに嗅ぐのだ。その懐っこい様子がたまらず、私はとても満ち足りた気持ちになる。
「あんた、すっかり大きくなったわね。
お腹空いたでしょ。ちょっと待ってね。」
私は握り飯を小さく千切ると、それをクロの鼻先に差し出す。
クロはまたふんふんと鼻を鳴らしてから、私の手から握り飯を食べてくれた。
千切って食べさせ、また千切っては食べさせる。握り飯が永遠に無くならなければいいのに、と夢見なことを考えている間に、クロは米の一粒まですっかり平らげてしまった。
これ以上食べさせると良くない。
そう思い、私はクロの頭や首の周りを撫で回して「もう無いよ」と示した。
「せっかく会えたけど、私これから行く所があるのよ。また明日おいでなさいね。」
顎の下を撫でてやると、クロは気持ち良さそうに甘えた声を出した。
「…はぁ…。
ずうっとあんたと一緒にいたい…。」
永遠に触っていたい…でも際限が無くなってしまう。私は心を鬼にし、菅笠と杖を持って、昨日と同じ渡瀬神社へと出発することを決めた。
「久しぶりに会えて嬉しかったわ。
またね、クロ。」
本来ならまず、屋敷から北の方へ向かうのだけど、今回は西の方へ歩き出す。
なぜなら昨日と同じ道を辿れば、またあの男に会いかねないから。
いくら親切にしてくれたとは言え、得体の知れないものは怖い。なるべく関わらないほうが良い気がして、考えた挙句、今日は違う経路で神社に行こうと決めたのだ。
背後で見送ってくれるクロに手を振り、私は清々しい気持ちで、2日目の参拝へと向かった。