送り犬さんが見ている
西側の道は、序盤から険しい岩場を越えなければいけなかった。
昨日の沢よりも流れが速く、幅の広い川がずっと続いている。その岸伝いに川上を目指すのだけど、途中の道は岩に覆われているため、楽しい散策とはいかない。
早くも悪路を選んだことを後悔しながら、私はひたすら川上を目指して歩き続けた。
「……はぁ、はぁ…。」
だんだんと息が上がってきて、足が重くなってくる。さすがに休憩しなければ。
手近な岩に手を付いた時だった。
「……あっ!」
被っていた菅笠が岩にぶつかった拍子に、頭から脱げてしまった。紐の結びが甘かったみたい。
菅笠はそのまま岸を転がり、あろうことか流れの速い川の中へと落ちてしまう。
「あっ、ちょ、待って待って!」
私は慌てて笠を追いかける。
流れに乗って笠は川下へと進んでいき、やがて途中の岩場に上手いこと引っかかった。
良かった、岸から手を伸ばせば届きそう。
私は追いつくと、岸に座り込み、引っかかった笠に手を伸ばす。
「んー…!」
けれどあとちょっと距離が届かない。
少し体を前のめりにさせると、指一本分の長さを稼ぐことが出来た。
指先にチョンと笠が触れ、私は安堵する。
「……っ!」
しかし、あんまり前のめりになっていたせいで、着物の袖が川に浸かったことに気づかなかった。
「あっ!」
袖は水の重みと流れに引き寄せられ、私は一気に体勢を崩す。
悲鳴を上げる間も無く、私は川面に向かって大きく倒れ込んだ。