送り犬さんが見ている

顔に冷たい水がかかる。
髪もまた水気を帯びて重みを増した。

…けれど、全身が川の中へ落ちることはなかった。なぜなら私の体は、落ちる寸前に誰かに引き止められていたからだ。

「……あ、あれ…?」

戸惑いながら後ろを振り返ると、

「…はぁ、はぁ。
まったく、心臓が止まるかと思った……。」

そこにいたのは、九郎だった。
ひどく焦った顔の九郎が、両手で私の体を落ちないように支えていた。

「く、九郎、なんで……。」

「いいから、こっちにおいでなさい。」

九郎は無理矢理私を岸に引き戻し、そのまま自身の胸の中へ抱き留めた。
頭の上では大きな大きな安堵の溜め息が聞こえる。

私の頭の中は、今起こった状況を整理するのに忙しかった。
今自分は川に落ちそうになって、そこを寸でのところで九郎に助けられたらしい。なぜこんな場所に彼がいるのかはサッパリ理解できないけれど、

「……わ、わぁ…ぁ…!」

自分が命の危機を救われたと実感すると、恐怖と安堵をないまぜにしたような、とても複雑な感情に襲われるのだった。
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