送り犬さんが見ている

無事に取り戻した菅笠を被り、濡れてしまった顔と髪を手拭いで拭きながら、私はまた岸を歩き始める。さっきの険しい岩場が最難関だったようで、そこを越えてしまうと道は比較的緩やかになった。

すぐ後ろを、やっぱりにこにこと付いて歩く九郎。
私はジトッとした目をしながらも、さっき助けてもらった引け目から、少し口調を和らげて訊ねた。

「…それで、どうして私の居る場所が分かったの?わざと違う道を選んだのに…。」

「そう思いました!
きっとまだ僕を警戒しているだろうって。」

待ってましたと言わんばかりの物言いに、どうしても調子を崩される。

「言ったでしょう?僕はフヨさんが好きだから、フヨさんの居場所はすぐに分かるんです。」

「こっ……。
…答えになってないじゃない…。」

また「好き」と言われて、私の心がグラつきそうになる。
九郎はすぐに「冗談です」と付け足したけれど、何に対する冗談なんだか…。

「僕、少しばかり鼻が利くんです。
フヨさんの匂いを辿って追いつくことは勿論、フヨさんの怒った気持ち、悲しい気持ち、嬉しい気持ちなんかも、全部匂いで分かるんですよ。」

そう言いながら、九郎は長い指で、自身のすっと通った鼻先をちょんと突いて見せる。
匂いだなんて…。自分の匂いを感じ取られるなんて経験したことないけれど、もしそうならあまり良い気分じゃない。そんな不快感がざわざわと胸の中を占めていくと、

「あ、ほら。フヨさん“嫌だな”って思ってるでしょ?匂いで分かります。」

「嗅がなくても表情で分かるでしょ…。」

苦虫を噛み潰したような顔をしていることは自覚があった。
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