送り犬さんが見ている
私はとうとう、彼の正体に切り込むことに決めた。
「…九郎ってもしかして、“妖怪”の類なの?
人には出来ないことをやってのけたでしょう?」
目にも止まらぬ速さで追いついたり、軽装でいくら山道を歩いても疲れ知らずであったり、匂いとやらで私の居所を突き止めたり。
認めたくなかったけど、ここまで来たら認めざるを得ない。彼が人間であるものか。
「もし僕が妖怪だったら、フヨさんはどうします?舌を噛んじゃいますか?」
そう聞き返す九郎の顔は、相変わらずのにっこり笑顔。けれど口調は、少し冷たさを帯びている気がした。
彼からの返答によって私の態度が変わることを危惧してる。
それは逆に、九郎にとってはどうしても正体を明かしたくないことを意味している。
「もし舌を噛むって言うんなら、その前に僕が“この口で”、貴女の口を塞いで止めちゃいます。」
「……っ!?」
そう妖しく言った九郎の目が、少しぎらついた。
九郎の言葉通りの想像をしてしまって、私は無意識に自分の口を手で覆い隠した。
けれどそのぎらつきも一瞬だけのこと。
九郎はすぐに元の穏やかな笑顔を取り戻して、緊張しきった私を宥めるように言った。
「フヨさんを今以上に怖がらせることは本意じゃないので、安心してください。
休暇は残り今日と明日。それを乗り越えたら、僕の役目は終わりですから。どうかそれまでご辛抱を。」
九郎はどうやら本当に、本心から、私の身を守りたいみたい。
素性を頑なに隠すのも、何か理由あってのことなのかもしれない。それを私が知るすべはない。
私は、これまでの九郎の動向を振り返っていた。
昨日出会ったばかりなのに、突拍子もないことを言う奇妙な男。面識があるという理由だけで私に好意を寄せる不可解な人。
しかし私を守りたいという言葉は真実。現に、私を危険から助けてくれた。
もし彼が本当に、この先も言葉の意味を違(たが)えず行動してくれると言うのなら、
「……私に、」
声を喉に詰まらせながらも、一息吐いてから答えを出す。
「…私に嘘つかないって…、怖いことや、ひどいことをしないって約束してくれるなら、付いて来てもいいわ。」
私は九郎を、やむなく受け入れた。