送り犬さんが見ている
私の言葉の含みを感じ取って、九郎は急に真面目な表情になった。
「フヨさん、とても嫌な思いをしているんですか?」
九郎の低い声に同調するように、空気がピリッと張り詰めた。私は慌てて弁明する。
「う、ううん!例え話よ。
仕事をしてたら嫌なことのひとつやふたつ、出てくるものでしょ?」
これで納得してくれただろうか。
九郎は何か古い記憶を思い起こすように、視線を少し遠くにやった。
「もし逃げられないなら…、僕なら、大切な人に助けを求めますかね。」
「大切な人…?」
「ええ、とてもとても大切な人に。」
「…………。」
九郎はなおも遠くを見ている。
「大切な人」…それを聞いた時、私はなぜか胸の奥がチクリと痛んだ。
私に「好き」や「夫婦になりたい」とは言ったものの、彼のその少し物憂げな表情は今、目の前の私ではない別の誰かを想っているようだった。
それなのに、こともあろうに私は、「大切な人」とは「私」かもしれないと、心のどこかで期待した。
落胆と恥ずかしさが込み上げてくる。
昨日会ったばかりの人にこんなに絆されるなんて、どうかしてる。九郎以上に、私も大概おかしいみたいだ…。