送り犬さんが見ている
石段を登りきると、あの景観の素晴らしい拝殿が現れた。見慣れてはいるものの、何度見ても溜め息が出てしまう。
幸いにも、この日も参拝客の姿はまばらだった。
手水舎でお清めをし、拝殿の前へ。
昨日と同じく、お賽銭を入れて鈴を鳴らし、手を合わせて拝むまで、すっかり慣れた流れだ。
…けれどこの日ばかりは、私の心には新たなモヤモヤが芽生えていた。
「……………。」
そっと片目を開けて、すぐ隣で拝む九郎の姿を盗み見る。
彼は昨日と同じように、目を瞑って嬉しそうな顔をしていた。幸せな願い事…きっと「フヨさんと夫婦になれますように」。
でも、本当にそうだろうか。
私は何度思い返しても、彼と会った記憶が無かった。町ですれ違ったのか、旦那様への来客だったのか。何にせよ、九郎の心を揺さぶるほどの出会い方をした記憶はない。
ーーー大切な人……。
もしかして、という可能性が頭を過ぎる。
ひょっとして私は、九郎の大切な人に“似ている”んじゃないかしら。この世には、自分に生写しな人間がもう一人いると聞くし。
それなら一連の奇行も一応の説明はつく。
ーーーそれは、良い気分じゃないわ…。
自分で閃いておきながら、自分の心を傷つけることになるとは思わなかった。
私はこれ以上九郎を盗み見るのをやめ、手早くお参りを済ませてその場を離れた。