送り犬さんが見ている
境内散策もそこそこに、私は足早に渡瀬神社を後にする。
後ろから九郎が付いて来るけど、敢えて歩みを速めて距離を空けた。
石段を下り、鳥居を潜り、深い森の中へ入っても、私の無言は続いた。
「フヨさん、」
重い空気を裂くように、九郎が口を開く。
「何か悩み事ですか?
僕で良ければ話を聞きますよ。」
その発言に、私はとうとう痺れを切らした。
立ち止まり、後ろを振り返り、叫ぶ。
「お願いだからもう付いて来ないでっ!」
「嫌です。」
「え、即答…!?」
そんな即座に否定されると思ってなくて、私は不覚にも狼狽えてしまった。
「フヨさんから漂う不安の理由を教えてくれないと、心配で離れられません。」
「………。」
それもきっと“匂い”とやらで分かるんだろう。
ずるい。自分ばかり人の気持ちを簡単に暴いて。私に対してははぐらかしてばかりで、何ひとつ真実を教えてくれないのに。
「…なんで私には何も教えてくれないの。
一方的に守りたいなんて言われても、私の気持ちは後回しで…。私は見ず知らずのあんたに好かれるようなことはしてないのに、そんな私のこと“好き”って…。
そんな人のこと、信用できるわけない…。」
私の胸中は複雑だった。
屈託の無い笑顔で「好き」と言ってくれ、気にかけてくれる九郎。そんな人はこの先二度と現れないかもしれない。彼の言葉に、確かに居心地の良さを感じてしまう。
…その反面、
やっぱり彼の得体の知れなさが怖い。
何の目的で、なぜ私なのか。何一つ教えてくれない不信感。
素直に全て教えてくれたなら、きっと私もまた素直に、九郎に心を開けると思うのに…。