送り犬さんが見ている
項垂れて、じんわり目頭が熱くなる。
そんな私に対して、九郎は少し悲しげに言った。
「教えたら、フヨさんは僕を嫌いになってしまうかもしれない。」
「…何か悪いことをしたの?」
九郎は首を横に振る。
「…貴女の前に立てている今の状況に後悔はありません。
でも…真実を知ったらフヨさんは、僕を気味悪がるはずです。」
九郎は苦しげに、視線を足元へ落とす。笑顔が印象的な彼のこんな顔は予想していなかった。
言葉の先が知りたくて、私は耳を傾ける。
だから、思いもよらなかった。
山の中に潜むのは、野生動物だけじゃないってこと。
私は突然背後から、“誰か”に覆い被さられた。
「…ッ!!」
突然のことに反応出来ず、地面に体を押し付けられる。
驚いて元凶を見上げれば、
ーーーえ、だ、誰…っ!?
それは不気味な笑みを浮かべる、知らない男だった。
髭の伸び放題の顔に、土汚れに塗れた着物。そして私の首元に突き付ける、鋭利な刀。
山に潜むのは野生動物だけじゃない。この男は、どうやら“追い剥ぎ”だ。
「…おい、暴れるんじゃねぇぞ。その可愛い顔が傷物になりたくなけりゃな。
そこの細っこい野郎もだ。女を斬り殺されたくなけりゃ、動かねぇことだな。」
荒っぽく言いながら、刀を私の頬に押し付けてくる。
その冷たい感覚と…男が私の着物の合わせ目に手をかける感触が、
「……ヒッ…!!!」
私の中で、“あの”嫌な日々を思い起こさせた。