送り犬さんが見ている

衣服も血も悲鳴も残さず、追い剥ぎがいた痕跡は何も残らない。
唯一残された刀が「かしゃんっ」と音を立ててその場に落ちた。

犬の首はゴクリと喉を鳴らす。胃にあたる場所へ押し流されていく追い剥ぎの姿を想像して、背筋が冷たくなった。
その間も犬の黒い目は、私の方を見続けていた。


私が目を離せず、目の前の化け物をただただ呆然と見つめていると、その体がまたグズグズと萎み始めた。
犬の首と上半身が徐々に徐々に小さくなっていき、唯一人の形を保っていた下半身へ戻る頃には、元の線の細い九郎の姿になっていた。

「………九郎…。」

名前を呼ぶ。
九郎は薄ら笑顔で、でも目だけは悲しげな色を湛えてこちらを見ている。

「…ね、気味悪いでしょ?」


九郎が一歩、こちらへ近づく。
私は反射的にビクッと体を強張らせてしまう。

その反応に気づいた九郎は足を止め、それ以上私に近寄ることはしなかった。
私はたった今起こった出来事が信じられず、ほぼ無意識に口を開く。

「……九郎、は、“何”なの……?」

人間ではない。それだけは分かる。
…じゃあ、九郎は一体何者なの?

九郎は、今度ははぐらかしたりはしなかった。
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