送り犬さんが見ている

そんな私の手を、誰かが掴んだ。

「……え?」

人の手だ。大きな誰かの白い指。
その手の持ち主を目で追うと、またも信じられない光景を見た。


「…僕も一番大事です。ずっとずっと、貴女が大切な人ですよ、フヨさん。」


痛みを堪える、優しい微笑み。
黒髪に、縦縞の着物。九郎だった。

たった今クロが居たはずの場所に、人の姿の九郎が血塗れになって、ぐったりと座り込んでいた。


「……く、くろ、なんで…?」

ここまで来れば、私でも察しがつく。
九郎はまたフフッと笑って、

「そう、クロです。
昔フヨさんに命を助けてもらった、野良犬のクロですよ。」

「………クロ…。」

クロは4年前、どこからか屋敷に迷い込んできた仔犬だった。
仲間と逸れたのか、はたまた群れから追い出されたのか。体中怪我を負って痩せこけて、足取りもおぼつかなくて、放っておいたら死んでしまったかもしれない。
そんな寂しげな姿が、口減らしのために親元から離された自分自身と重なった。当時の私はクロをこっそり納屋で飼い、簡単に傷の手当てをして、食べ物をやった。

それだけだ。たったそれだけ。

「…ふふ、やっと恩返しが出来ました。」

「……それだけのために、あんた…こんな、ばかなこと…!」

涙が溢れてくる。
九郎は首を力なく横に振った。

「…恩義だけじゃないんです。
逸れものだった僕は貴女に救われたし、貴女の優しさに恋だってしました。
そんなフヨさんを助けたいと、ずっとずっと思ってました。遅くなってごめんなさい…。」

「…なんで謝るの……あんたのせいじゃないのに…。」

立ち上がろうとしたのに、どうしたって体中の力が抜けてしまって、私はまたその場にしゃがみ込んでしまう。
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