送り犬さんが見ている
「フヨさんが渡瀬神社に通っていたのは知ってました。助けてもらってからずっと、貴女の後をこっそりつけていたので。
フヨさんいつもお願いしていましたよね。“ 遠くへ行けますように”って。
…だから僕は、堂々とフヨさんを守れる、フヨさんに信頼されるような人間の姿で現れました。僕がフヨさんを、この屋敷から連れ出したかったんです。」
そこで、九郎は首を項垂れた。
「…でも、正体は知られたくなかった。
僕が本当は、フヨさんを見ただけで尻尾を振るのを止められない野良犬だなんて。人を食べる恐ろしい妖怪だなんて。…あまりに惨めです。
…ただの、一人の九郎として、貴女に好いてもらいたかったんですけど…。」
クロは悔しそうな、泣きそうな顔をしてる。
こんな自分を私が愛してくれるわけない、そう確信しているような。
そんな姿を見て、私はたまらず声を上げた。
「……い、言ったでしょ、さっき!
あんたが一番大事って…!」
ここまで来たら、もう止められない。
言葉は私の感情のままに飛び出てくる。
すべて、すべて、本心だ。
「クロが、九郎だって…あの怖い妖怪だって、もう、何でもいい!
“あんただから”一番大事なのよ!
人の話ちゃんと、聞いて…!」
今目の前にいる男が、犬だろうと人間だろうと妖怪だろうと関係ない。心はひとつだから。こんなに傷付いても、一途に私を想ってくれる。こんなに憐れで…優しい。
九郎は私をぼうっと見つめ、やがて絞り出すように声を漏らした。
「……フヨさん。
忠光殿亡き今、貴女がこの屋敷に居る理由は無くなりました。
…僕で良ければ、どこでもお連れ出来ますよ。」
そうして恐る恐る差し出された手を、私は強く握った。
「……連れて行って。
私、あんたと一緒ならどこでもいい。
だって…夫婦に、なるんでしょ…?」