送り犬さんが見ている
九郎は大きく目を見開いてから、
「……ああ、嬉しいです。フヨさん…。」
心からの、幸せそうな笑顔を見せた。
九郎の体がぞわりと総毛立つ。
白と黒の縞の着物から白い色が消えていき、山のように大きな送り犬の姿へと変化した。
真っ黒な目玉が私を見ている。
恐ろしい…。恐ろしいけれど、その目には見覚えがある。優しい優しい九郎と、可愛い可愛いクロの色そのもの…。
送り犬は右の前足で器用に私を抱えると、くるりと身を翻し、襖を破って部屋の外へ飛び出す。怪我をしていてもその速さは風のよう。
力強い足取りで、手入れされた庭を抜け、昔クロを招き入れた裏戸を抜け、屋敷の外へ駆け出して行く。
その足の向かう先は、私の通った渡瀬神社のある紅蓮山(ぐれんやま)の方だ。
「……九郎、どこへ行くの…?」
「どこへでも行けます。
フヨさんが望むままに、どこへでも……。」
クロの体から滴る血が、道を転々と続いていく。やがて森の中へ差し掛かると、その痕跡は深い山に飲まれ、煙のように消え去ってしまった…ーーー。