爪先からムスク、指先からフィトンチッド
無機質な彼の部屋が生活感にあふれると嫌になるのではないかと話すと、やってみないとわからないという返答でとりあえず、金曜日の夜を彼のマンションで過ごすところから始める。
料理を全くしない薫樹の台所はピカピカで使うのをためらう。とはいえ、料理をしないわけにはいかないだろう。
全て外食でも経済的に困ることはないという恐ろしく芳香と生活レベルの違う話をされると余計に一緒に暮らす自信がなくなる。
「芳香が作りたいなら食べるよ」
「あ、はあ……」
意外なのは好き嫌いが全くないことだ。味付けにもさほどうるさくはない。ただし合成香料が使われていると食事と思えなくなるらしい。
そして体臭にならないように食べ物に気を付けてきた芳香の手料理を喜んで食べた。
「美味しいよ」
「よかったあ……」
薫樹は仕事以外のことにはあまり頓着がない様で、思ったより細かくなかった。
家でも調香の仕事をするために匂いがこもらない様にしているが、芳香がやってくるときには仕事をしないつもりのようで料理が香り高くてもよいらしい。
食事を終え、片付けていると薫樹も手伝ってくれる。
「もっと亭主関白だと思ってました」
「ん? 作業はおっくうじゃないよ」
「さ、作業……」
「結婚したらマンションはやめて二件家を建てればよいかな。それとも隣を借りるか……」
「は、はあ……」
まだまだ馴染むまでに時間がかかりそうだが、嫌だと思う部分は今のところ出てこない。
風呂をため、今夜こそ、結ばれるのだろうかと芳香が緊張していると、インターフォンが鳴った。
「はい、どちら様?」
「兵部さーん、アタシでーす。美月でーす」
「え。美月さん? どうしてここに?」
「ちょっと仕事のことで悩んでてぇー。社長にここ教えてもらたんですぅーお部屋に入れてくださーい」
「会社じゃダメなの?」
「会社じゃあんまりお話できないじゃないですかあ」
「……。わかった」
インターフォンを切り、薫樹は振り返る。
「今から客が来る」
「えっ、あ、わ、私、どうすれば」
「ん? 何もしなくていいよ。仕事の話をしたいらしい」
「居ていいんですか?」
「いいに決まってる」
「はあ、じゃあ、お茶でも淹れますね」
「ん、すまない」
玄関に薫樹が迎えに行っている間に湯を沸かし、お茶の支度をする芳香は、ちょっと新妻気分に浸ったがすぐにかき消される。
「こちら、イメージガールの野島美月さんだ」
「野島、美月でーす」
美月は低いテンションで名前を告げてくる。
「か、柏木です……」
芳香も暗くなる。
薫樹だけマイペースに「ああ、彼女は僕のフィアンセだ」と付け加えた。
「フィアンセえええー?」
「ああそうだ。まだ一緒に暮らしてないけど、とりあえずそこに掛けて」
「はーい……」
芳香は真菜から話を聞いていたので、さすがにこの状況は分かった。美月は仕事の相談という理由をつけてはいるが薫樹を狙っているのだ。
薫樹と美月はテーブルで話をしている。お茶を出し、他にすることがないので、最近買った二人掛けのソファーに座り雑誌を読んだが、居心地が悪くなり、風呂にでも入ろうと浴室に向かうことにした。
3 浴室にて・1
「お似合いだったなあ……」
薫樹と美月が向かい合わせで座っている姿を思い出す。
ボディーシートのコマーシャルをテレビで見た。その時の美月はふわっとした長い薄茶色の髪に、グリーンのシフォンドレスを纏い伸びた長い手足をするっとシートで滑らかに拭きあげる森の妖精だった。まだ歳若く新人だが、今回のイメージガールに抜擢されたことで各界から注目を集めているらしい。
料理を全くしない薫樹の台所はピカピカで使うのをためらう。とはいえ、料理をしないわけにはいかないだろう。
全て外食でも経済的に困ることはないという恐ろしく芳香と生活レベルの違う話をされると余計に一緒に暮らす自信がなくなる。
「芳香が作りたいなら食べるよ」
「あ、はあ……」
意外なのは好き嫌いが全くないことだ。味付けにもさほどうるさくはない。ただし合成香料が使われていると食事と思えなくなるらしい。
そして体臭にならないように食べ物に気を付けてきた芳香の手料理を喜んで食べた。
「美味しいよ」
「よかったあ……」
薫樹は仕事以外のことにはあまり頓着がない様で、思ったより細かくなかった。
家でも調香の仕事をするために匂いがこもらない様にしているが、芳香がやってくるときには仕事をしないつもりのようで料理が香り高くてもよいらしい。
食事を終え、片付けていると薫樹も手伝ってくれる。
「もっと亭主関白だと思ってました」
「ん? 作業はおっくうじゃないよ」
「さ、作業……」
「結婚したらマンションはやめて二件家を建てればよいかな。それとも隣を借りるか……」
「は、はあ……」
まだまだ馴染むまでに時間がかかりそうだが、嫌だと思う部分は今のところ出てこない。
風呂をため、今夜こそ、結ばれるのだろうかと芳香が緊張していると、インターフォンが鳴った。
「はい、どちら様?」
「兵部さーん、アタシでーす。美月でーす」
「え。美月さん? どうしてここに?」
「ちょっと仕事のことで悩んでてぇー。社長にここ教えてもらたんですぅーお部屋に入れてくださーい」
「会社じゃダメなの?」
「会社じゃあんまりお話できないじゃないですかあ」
「……。わかった」
インターフォンを切り、薫樹は振り返る。
「今から客が来る」
「えっ、あ、わ、私、どうすれば」
「ん? 何もしなくていいよ。仕事の話をしたいらしい」
「居ていいんですか?」
「いいに決まってる」
「はあ、じゃあ、お茶でも淹れますね」
「ん、すまない」
玄関に薫樹が迎えに行っている間に湯を沸かし、お茶の支度をする芳香は、ちょっと新妻気分に浸ったがすぐにかき消される。
「こちら、イメージガールの野島美月さんだ」
「野島、美月でーす」
美月は低いテンションで名前を告げてくる。
「か、柏木です……」
芳香も暗くなる。
薫樹だけマイペースに「ああ、彼女は僕のフィアンセだ」と付け加えた。
「フィアンセえええー?」
「ああそうだ。まだ一緒に暮らしてないけど、とりあえずそこに掛けて」
「はーい……」
芳香は真菜から話を聞いていたので、さすがにこの状況は分かった。美月は仕事の相談という理由をつけてはいるが薫樹を狙っているのだ。
薫樹と美月はテーブルで話をしている。お茶を出し、他にすることがないので、最近買った二人掛けのソファーに座り雑誌を読んだが、居心地が悪くなり、風呂にでも入ろうと浴室に向かうことにした。
3 浴室にて・1
「お似合いだったなあ……」
薫樹と美月が向かい合わせで座っている姿を思い出す。
ボディーシートのコマーシャルをテレビで見た。その時の美月はふわっとした長い薄茶色の髪に、グリーンのシフォンドレスを纏い伸びた長い手足をするっとシートで滑らかに拭きあげる森の妖精だった。まだ歳若く新人だが、今回のイメージガールに抜擢されたことで各界から注目を集めているらしい。