爪先からムスク、指先からフィトンチッド
店の前にミントの苗を整頓しながら芳香は「変な人だったなあ」とミント王子のことを思い出した。
そこへ常連の勝俣房枝がやってきた。
「おはようございます。勝俣さん」
「おはよう、芳香ちゃん。あらあ、ミントあるのねえ。それ頂くわー」
「あらミントお好きでしたっけ? いつもはお花を飾られるのに」
「うふふっ、芳香ちゃん昨日のハーブ講座のテレビ観てないのぉ?」
「ああ、昨日は見逃がしちゃって」
「もうっ、ミント王子のカッコいことカッコイイこと!」
「み、ミント王子……」
「王子が言うことにはねえ――」
房枝はぽっちゃりした身体を揺さぶりながらミントのリフレッシュ効果と消化の促進の話を始める。
「で、さっそくフレッシュミントティーを飲んで、ミントのサラダを食べたいなあ、なんてね」
溌剌と恋をする少女のように初々しい様子で房枝は苗を取り上げる。
「あ、そっちはペパーミントですね。こっちのスペアミントの方が香りも優しいのでお料理に使いやすいかも」
「あらっ、ほんと。ちょっと違うわねえ。さすがね。芳香ちゃんもよく知ってるのね」
「いえー、まだまだ店長の聞きかじりで。じゃ、袋に入れてきますね」
ミントの葉が揺れると清涼な風が吹いたように爽やかな気持ちになる。(薫樹さんもミントティー好きだもんね)
芳香はミントを房枝に手渡しながら、今週末はちょっと手の込んだミントの飲み物を薫樹に振舞ってみようかと思案した。

週末に芳香は店長の小田耕作から商品にするには少し不格好なミントを大量にもらい、薫樹のマンションを訪れた。
「薫樹さん喜ぶかなあ」
ミントの香りを嗅ぎながら今日はまずモロッコミントティーを淹れようとエントランスの扉を開ける。
芳香は薫樹からいつでも来ていいということで鍵をもらっている。しかし遠慮深い彼女は結局、薫樹のいる週末にしか使わない。
「失礼します」
玄関に入ると、薫樹のシンプルな黒のビジネスシューズの隣に薄いグリーンのスニーカーがあった。
「ん? 薫樹さん、ランニングでも始めたのかな」
上がって少し廊下を歩きダイニングに近づくと話し声が聞こえる。
「あ、来客なのかな……。どうしよ……」
入るのを躊躇っていると、カチャリとドアが開き薫樹が芳香に気づく。
「やあ、待ってたよ。さあ、中へ」
「は、はい。お邪魔します」
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