爪先からムスク、指先からフィトンチッド
適当に歩いていると新しくオープンされるカフェに出くわす。
「カフェ『ミンテ』もうすぐオープンかあ。真菜ちゃんとこれるかなあ」
外観はレンガ造りで大きな窓がたくさんあり、まるで童話にでも出てきそうな建物だ。
看板を眺めていると後ろから声を掛けられる。
「芳香ちゃん?」
「え?」
振り返るとかっちりとスーツで決めた清水涼介が立っている。
「あ、清水さん。こんにちは。どうしてこんなところで……」
芳香が不思議がっていると涼介は「ここが、この前、兵部さんと話してたカフェなんだ」と看板を指さした。
「そうなんですかあ。ミンテって書いてるからわからなかったです」
「ははっ。ミンテっていうのはね。ミントの語源になった妖精の名前なんだ」
「へえー。きっと可愛い妖精でしょうねえ」
「うん。ミンテはね。ハーデスって神様に無理やり連れていかれるところを嫉妬した妻のペルセポーネがミントに変えたんだってさ」
「えー。ミンテは何も悪くないのに可哀想」
「だよねえ。もう一つ話が合って、やっぱりハーデスに連れていかれそうにはなるんだけど、ペルセポーネがそれを気の毒に思って助けようとしてミントに変えたらしい。俺はこっちの話の方が好き」
「そうですね、そっちのほうが随分いいですよね」
ほっとする芳香に涼介は「今一人で暇してるの?」と尋ねる。
「え、ひ、暇というわけじゃ」
どう見ても暇に見えるだろうが芳香は暇ですとは言えず口ごもる。
「時間があるなら、店の中見てみない?ミントのメニューもたくさんあるんだ。良かったら何か意見してよ」
「中、見てもいいんですか?」
可愛い外観にミントのメニューと芳香は好奇心をくすぐられ、誘われるまま裏口から店内に入った。
レンガ造りの内部のあちこちにミントの鉢植えが置いてあり、光をとる窓は大きく明るい。
「中も可愛いー」
「ほんと? 良かった」
人懐っこい笑顔を見せ、涼介はメニューを持ってきて芳香に見せる。
「モロッコミントティー、モロッカンサラダ、ミントノカプレーゼ、ミントアイス――へえ色々あるんだあ」
「どうかな? まだ増やしたいけど」
「んー、そうですねえ。夏はいいけど、冬ってなんかミントは寒い気がして――」
「はあはあ。なるほど。芳香ちゃんは鋭いねえ。うーん、冬メニューね、うんうん」
「すみません、あんまり気にしないでください」
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